※R18※
比較幸福論
(副都心×西武池袋)





 カップルがキスをしていた。駅構内でよくみる光景だが、そのカップルとタイミングが悪かった。
 他社の社内通路を使っている自分もちょっとしたルール違反を犯していると西武池袋は自覚しているが、彼らはそれ
以上だった。若い路線が第三セクターのひざの上に座って可愛らしくキスをねだり、第三セクターの方もねだられるが
まま与えている。
 西武池袋はできることなら引き返したかったが、足音高らかに歩いてきてしまった以上、中途半端に戻ることはできな
かった。
 かつかつかつ。
 革靴のソールが耳障りに鳴る。近いからって、山手に通行を許可されているからといってこんなところを通るんじゃな
かった、と後悔してももう遅い。埼京とりんかいをちらりと一瞥し、すぐに視線を戻す。無視をきめこんで余裕がないと思
われたくなくて、いつも通りの不機嫌な態度を振る舞った。
 「おはよう、西武池袋。」
 埼京はりんかいのひざの上から降りて、きまり悪そうな様子もみせず西武池袋に挨拶をした。
 「朝からお盛んだな。」
 普段と変わらぬ嫌味が口からするっと出てきて心から安心した。
 「西武池袋は山手と分かれてきたとこじゃないの?」
 埼京は嫌みを言わない。だから、それも悪気はなくただ当たり前に質問しただけなのだ。
 「なぜ?」
 嫌みでないとわかっているから、余計西武池袋の気にさわる。先程よりもトゲのある苛立った声に埼京がいつもどお
り慌てた。
 「だって、こんなところ通ってるから。僕以外でもそう思うって!ね!」
 埼京はりんかいの助け船を求めて会話のリレーを丸投げした。何を考えているのかわからない男だが、何も考えてい
ないのかもしれないと思った。
 「山手とは限らないと思うけど。」
 りんかいにも嫌みはない。むしろ、お仲間だと言いたげな親しげな口振りにくらくらとめまいがした。
 「でも、ここの管理責任者は山手だよ?」
 「そうなの?なら山手なのかな。」
 恋人同士の気兼ねない会話に挟まれながら、西武池袋は自分が山手に抱かれる様子を想像してしまい、興奮がじり
っと体の中を走る。会長が亡くなられてからとうもの、一夜限りの関係すら誰とも持ったことがない上に忙しくて自分で
処理すらしていなかったから自然な反応であった。
 西武池袋が反論を叫ぼうとしたところに、その本人がのんびりとした様子で通りがかった。
 「あ、山手。」
 最初に気付いた埼京が声をかけ、山手は特に何も知らずに3人のところにやってきた。埼京がりんかいを連れ込ん
でいることを以前から知っている山手は今更何も驚かない。
 「西武池袋もきていたのか。」
 わずかに弾んだ声に西武池袋はようやく合点が行く。
 (この男は私のことが好きなのか。)
 深読みしすぎなのかもしれない、勘違いなのかもしれない。ただ、興奮しきった体を欲しがってくれる男の存在に浮き
立った。今すぐ誘って連れ出して抱かれたいと一瞬欲望がよぎる。ホテルに入ったら話もせずにベッドに押し倒され服
を脱がされ、性急に挿入されたい。男性器に焦がれてじくじくとうずく肛門が満たされるあの圧迫感を鮮明に思い出す。
 「・・・若手の教育をしっかりと行え。」
 若干濡れた声で西武池袋は必死にさりげなさを装って山手に冷たくいった。そのまま呼び止められても振り向かず足
早に立ち去る。
 その後はすぐさま自分しか使用しない休憩室にかけこみ早急に処理した。自分の手の平だと思わず、山手の手だと
思うようにした。実は山手を好いていると気付いたなんて大層なことではなく、単に妄想が展開しきっているから山手を
想像した方が興奮するというだけだ。
 ソファにもたれかかり、ベルトを外して下着を下ろしてしごく滑稽な姿も一切意に介さず、西武池袋は発情した獣のご
とく自慰に没頭した。
 「・・・っはぁっ・・」
 手の平に吐き出された精液を一瞬じっと見てから、すぐにティッシュでぬぐった。部屋の中に充満する独特の匂いは
わかっていたが、西武池袋はそのまま目を閉じる。
 人肌恋しくてたまらなくて、一人が嫌になった。
 暖かい家庭とか、普通の恋愛関係とか、たくさんのものを振り切って、絶対に振り向いてくれない男に全てを捧げた。
後悔なんてしないと覚悟を決めていた。たとえ見返りがなくたって彼の人を思い続けられることが、この世で最上の幸 
福だと信じている。なのに、時折疑ってしまう。
 信仰の軸がグラグラと揺らぎ、傾いた視線の先では目を背けてきた別世界がまばゆい輝きで広大に展開していた。
 一般的解釈でいえば誰だって望んでいると疑われないもの。
 西武池袋が捨てたすばらしい世界。




 埼京とりんかいに誤解された一件を知ってかしらずか、副都心が奇妙な誘いをかけてきた。
 「映画を見に行きません?」
 「えーが、か。」
 抑揚なくやる気なく、心底どうでもいいというように西武池袋が答える。頬杖をつく腕はあごに固定されたままで、目線
だけがちらっと副都心を認知した。
 「どうしちゃったんです、そんな投げやりな態度されて。」
 「なげやりか?」
 「あなたらしくない感じです。」
 「そうか。」
 「悩み事でもあるんですかー?」
 「そりゃあるさ…」
 そのとき、西武池袋の口から常套句はでなかった。『なぜ会長がいらっしゃらないのか。』当たり前のことは悩みじゃ
ないと、西武池袋は知っている。愚痴と悩みは違う。
 「三時間後に集合しましょ。」
 「行くとはいっとらん。第一、なんの映画だ。」
 「なんでもいいですよ、コメディでも。」
 「チケットをもらったがいく相手がいなくて誘ったんじゃないのか。」
 「それなら先輩誘いますよ。そうじゃないです、ほら。昨日、給料日だったじゃないですか。」
 給与明細書、と書かれた紙が西武池袋の前でひらひらと揺れている。あの紙を開いたらいくらと書いてあるのか、自
分より多いのか少ないのか気にせずにはいられないが、下品な思案を自分で恥じて西武池袋はすぐに目をそらした。
 「ま、そんなわけで資金もあるのであなたを口説きにきたんですよ。」
 副都心のはっきりとした誘いの裏側を、冷静を装って必死に探ろうとしたが、西武池袋以上に仮面の張り付いた副都
心の表情から得るものは何もない。
 「で、何が目的だ。」
 詮索を諦めストレートに聞いた西武池袋に余裕はない。
 「単純にあなたとやりたいです。美人ですから。」
 副都心は知ってかしら知らずか、いまもっとも西武池袋を簡単に落とせる説明をした。山手のとき同様、西武池袋の
中に欲望が駆け巡って体と理性と心を顕著に支配する。
 「・・・それなら、ホテルの予約だけでいいじゃないか。」
 その時初めて、副都心は驚いた顔をさらけ出した。あどけなく驚いた顔が副都心らしくなく無抵抗に転がっている。し
かしそれも一瞬のこと、すぐにいつものペースを取り戻す。
 「今からでも?」
 「いいぞ。今日はなにもなさそうだし。」
 携帯をとりだしなにやらいじくった後、「それじゃ、西武さんとこのホテルに行きますか。」と楽しそうに副都心はいっ
た。



 休憩室の鍵を閉めてポケットにしまう。することだけしたら事務所に戻ろうと思い、西武秩父には業務で池袋に泊まる
とメールをしておいた。
 通りで拾ったタクシーに乗りながら、西武池袋と副都心はとくに話をせずお互い窓の外の光景を見ていた。電車の車
窓に慣れていても自動車の車窓になれることはない。
 それでもあっという間に系列のホテルにつくと、副都心と西武池袋はすぐに部屋に流れ込んだ。
 西武池袋はシャワーを浴びずにセックスしてもよかったが、副都心に勧められたので特に断りはしなかった。水を浴
びても流れない欲望がぐるぐると体内を緩慢にのたうちまわる。内側から噛み付くようなそれを今から吐き出せるのか
と思うと童貞の少年のように心が高鳴った。もう相手のシャツのボタンの外し方すら忘れた西武池袋の中で死なずに残
っていた生来の淫性が皮膚ににじみでる。興奮のせいか赤く染まりだした唇を、これまた真っ赤な舌で無意識に舐め
た。

 ベッドの上でお互い全裸で転がったとき、副都心は西武池袋に「いいんですか。」と聞いた。西武池袋は副都心の首
に腕を回すことで肯定したが、その質問の意味がよくわからなかった。副都心はバカではないからなにか裏の意味が
あるのだろうとかんぐっても、それは西武池袋に見えてこない。そもそも、『いいこと』であるはずがない。愛し合いされ
ているわけではない二人が性行為に及ぶことも、おっかない後見人がいる若い路線が相手であることも、信仰に身を
捧げた人間が不貞を犯すことも、すべて悪いことで構成されている。けれど、誰にも責められる事はないだろう。
 副都心はいきなりの展開に戸惑いながらも、丁寧に西武池袋を抱いた。ワセリンを塗った指で肛門をゆっくりとほぐ
し、フェラチオをした。キスの合間に耳たぶを噛み、乳首を吸う。副都心の熱い手と口腔は西武池袋を自慰のときと桁
違いの欲望の中に絡め落としていった。
 昔、床上手といわれた手腕を発揮することもできず、西武池袋は副都心に翻弄される。限界直前まで膨張した性器
をくわえられて吸われれば、すぐにも射精してしまいそうな痺れが全身を覆っていく。
時間をかけた愛撫のさなか、副都心の口が西武池袋の性器から離れた。
 「副都心・・・」
 もう十分にとかされてしまった西武池袋はかすれた懇願で副都心に非難するように甘くねだる。
 「そろそろいいですよね。」
 ぐい、と腰を持ち上げられ、西武池袋は入れやすいように少しだけ体勢修正した。
 「ん・・・うっ・・!」
 久しぶりの挿入に西武池袋は唇を噛んで耐える。排泄するときとは違う、侵入される感覚は奇妙な痛みを伴って襲っ
てきた。慣らされた肛門は切れたわけではなく、ただ久しぶりの異物を生理的に拒んでいる。
 「力、抜けます?」
 唇を舐められて西武池袋は自分が強く唇を噛んでいることに気づき、不快感はそのままにうすく口を開いた。最初は
傷口にするように赤くなった唇を舐め、そのあと副都心の舌は西武池袋の口内に入りこんだ。
 舌を絡めあいながら、下半身では挿入がちょっとずつ進んでいく。萎縮して先ほどより小さくなった西武池袋の性器の
さらに奥で、秘部は暴かれて征服される。
 ゆっくりとすこしずつ入っていった副都心の性器がすべて埋まると、副都心は西武池袋の小さくなった性器を柔らかく
握り、優しくしごいた。すぐに大きさを取り戻すそれに生物的に似合った刺激を与えながら、注意深く腰を動かし始め
た。
 ずいぶんと久しぶりだが昔の勘をようやく取り戻し始めた西武池袋の体は次第に副都心を受け入れ始める。拒絶し
続けていた体内は性格をかえ、副都心を招き入れて締め付けるように抱きしめた。西武池袋本人もまた次第に肛門か
ら言葉で説明できない快感に圧倒されて我を失い始める。
 「はっ・・・ああ、あんっ・・・副都心っ・・・」
 耐えるように漏れる声が副都心を煽った。体内でペニスが動くたび、首筋の弱い部分を舐められるたびに、西武池袋
は小さな声をもらして快感を伝える。
 腰の動きがスムーズになり、副都心が思うように腰を使うようになった頃には、西武池袋にはろくな思考力が残ってい
なかった。
 「あああっ!・・・はあっ・・や・・・もうっ・・!」
 正常位で腰を抱えられ深く結合しながら、西武池袋は快楽に溺れながら必死に副都心にしがみついていた。現実の
しがらみをかなぐり捨て、西武池袋には目の前の副都心とのセックスのことしかない。
 副都心も電波で名を馳せる美人が上々の反応を示しながら自分と行為に及んでいる満足感に浸っている。どこか冷
静に、けれど西武池袋同様目の前の情景に溺れている。西武池袋の体は間違いなく絶品であった。技巧は披露されな
かったけれども、もって生まれた才能が無意識に蠢いている。
 「・・・いいですねぇ、西武池袋さん・・・」
 射精のため、副都心は自分が気持ちよくなるように深く性急に挿入を繰り返す。西武池袋はひきつった泣き声のよう
な嬌声をなんども上げて先に果てた。腹部の上に散らばった西武池袋の白い飛沫を確認したがそのままに、副都心は
行為を続ける。
 「もうやだっ・・・ちょっとまてふくとしんっ!・・・」
 「自分がいったからってそれはないでしょ。」
 逃げ出そうと体をひねらせる西武池袋を押さえつけて腰を打ち付ければ西武池袋は先ほどより悲痛な声だして抵抗
していた。ただ、西武池袋の抵抗の力は弱弱しく普段は高圧的な西武池袋を簡単に制圧できることに副都心はたまら
なく興奮した。それを自覚したとき背筋にぞくりとしたものが走り、そのまま西武池袋の中に果てる。
 「・・・はー、きもちよかったです。」
 西武池袋の精液をふき取ってから、副都心は勢い良くベッドに倒れこんだ。呼吸は乱れ、全身に心地よい疲労が広
がっていて、今にも眠りに落ちたいほどだったが、西武池袋に対して失礼がないようまぶたに気合を集める。
 「・・・・・・・」
 同じように息を荒げていた西武池袋が目を閉じ、しばらくすれば規則正しい寝息が聞こえた。軽く丸められた手は子
供と同じように無防備で、握っても手を払われなかった。くっつくのはあまりに熱いので、手だけ結んで副都心も目を閉
じる。西武池袋の手の平の温度を感じながら副都心もすぐに眠りに落ちた。


 明け方、西武池袋はのどの渇きに目を覚ました。水を飲もうとベッドを降りようとしたとき、自分のベッドではないことと
隣に人がいることに気付く。逡巡したあと、昨夜副都心とホテルにきたことをようやく思い出した。
 (あー・・・、やってしまったなぁ・・・)
 自分の失態を遠くの他人のように感じながら、西武池袋はベッドを降りて服を着始めた。本当はシャワーを浴びたい
が規則的な寝息をたてて健康的に眠る副都心を起こしてしまいそうだったので控える。副都心に気付かれないうちに先
に帰りたかった。

 まだ白くなり始めたばかりの通りでタクシーを拾って池袋駅に戻る道すがら、行きと同様外の景色を眺めながら西武
池袋は一人で考えていた。
 りんかいと埼京がうらやましかった。恋人同士の甘い時間を西武池袋だって知っている。愛し愛され満たされる時間
が幸福だと経験したことがある。それでも。
 (・・・私の方が幸せだろう。)
 愛する会長がいて、言い寄ってくる相手だっていて、それでも彼の方に全てを捧げている余命。
 奥歯を噛みしめ、口唇を強く結ぶ。寂しくて、寂しくて、涙が溢れそうだけど泣いちゃいけない、あの時会長を失った苦
しみを寂しさなんかで忘れちゃいけない。そう言い聞かす西武池袋は、その時点ですでに寂しさに屈しているのに、わ
かっていないふりをする。

 救いようのない愚かものであった。














































(2011.6.26)