鉛筆の削り方






 ある日、西武池袋は落し物のペンケースを拾った。4年3組○○と名前の書かれた子供用のペンケースの取得物処
理をしながら、西武池袋は何気なく中を見てみた。消しゴム、定規、それからシャープペンが2本と替え芯が一つ。
 (今時の子供はシャープペンを使うんだなぁ。)
 ショックというよりも、静かな驚きであった。年を取りすぎた西武池袋はささいなジェネレーションギャップで怒ることは
ない。西武池袋自身今では鉛筆を使うことはほとんどなく、シャープペンとボールペンが一体化したペンで業務のほとん
どをこなしている。ただ、シャープペンが普及するまでは当たり前だが鉛筆を使用していたし、鉛筆削りなんて便利なも
のはなかったからカッターで削っていた。
 時代の移り変わりはときに切ない。西武池袋はペンケースの中身を元通りにしまい、遺失物コーナーにそっと置い
た。


 帰り際、有楽町に伝えなければいけない事項を急に思い出し、夜9時を過ぎていたが電話をかけた。
 『はい、東京メトロ池袋駅です。』
 電話に出たのは若い駅員であった。西武池袋は営団の池袋駅にときおり電話をかけるが、聞いたことのない声だっ
た。
 「私、西武池袋と申します。恐れ入りますが、有楽町線はそちらにいらっしゃいますか?」
 電話の相手は新入社員だろうと思い業務用の柔らかい声で話したところ、受話器越しに笑いを押し殺したくぐもった
声が聞こえた。
 (なんだ、失礼な奴だな。)
 腹は立ったが、西武池袋は他社の人間に直接文句を言わない。用件だけ聞いて繋いでくれればいいからと、もう一
度有楽町の名前を口にしたとき。
 『あー、すいません、すいません。僕です、副都心です。』
 いつものチャラいはなし方に戻れば、西武池袋似もすぐ相手が副都心だとわかった。
 「貴様か!・・・いや、まあいい。」
 当初いつも通り怒鳴ろうとしたが、ふと思い直して西武池袋は気を静めた。
 『どうかされました?』
 「貴様も外線は普通に出るのだな。電話をとったときの第一声は良い。」
 元々顔が悪くなければ声も悪くない副都心だから、きちんとさえしていれば西武池袋の不快を買うことはないのだ。
 『もしかして、惚れちゃいました?』
 「そんなわけあるか馬鹿者。で、有楽町は?」
 『先輩ですか?僕に用事じゃないんですかー?』
 「貴様に用などないわ。いや、そうだ副都心、大したことではないんだが。」
 『何でしょう?』
 副都心の声が期待で上ずっているのが、西武池袋には手に取るようにわかった。
 「貴様、子供の頃に鉛筆を使ったか?」
 『へ?』
 「鉛筆はカッターで削ったか?」
 『いえ・・・鉛筆は使いましたけど、鉛筆削り使ってました。カッターはないです、そんな世代じゃないですもん。』
 「そうか、ふむ、わかった。有楽町に代われ。」
 『何なんですかもー!』
 そういいながら副都心は保留ボタンを押した。
 しばらくの保留音のあと、有楽町が『もしもし?』と電話を変わった。
 「明後日の車両の運行の件でな。うちの運転手に変更がー・・・」
 その後ひととおり仕事の話をし、伝え終わったので電話を切ろうとしたとき、有楽町が待ったをかけた。
 「さっき、鉛筆の話をしてたみたいだけどどうしたの?副都心がなんかいってたよ。」
 有楽町は穏やかで柔らかい声をしている。副都心の声よりも有楽町の声の方が電話対応としては西武池袋の好みで
あった。そういうときの電話は若干長くなったとしてもよいものである。
 「貴様は鉛筆をカッターで削っていたか?」
 『鉛筆を?うん、俺はカッターだったな。丸の内に教えてもらってね。』
 「そうか。貴様は合格だ。」
 『ありがとう。でも、なにに?』
 ほめられた有楽町は根拠がわからなくても喜んでいるらしい。そういう声はまだ開業したての幼い頃からあまり変わら
ない。
 「貴様になら抱かれてもいいぞ。」
 『え!?なにそれ!?西武池袋ちょっとそれどうゆうこと!?俺期待しちゃっていいってこと!?』
 有楽町がいきなり取り乱しわめきだしたので、西武池袋はそっと受話器を下ろした。
 まさか今から有楽町が押しかけてくるとは思わないが、帰り支度は既にできているのですぐに事務所をでる。ポケット
から鍵を取り出して、調子の悪いドアの鍵を閉めた。

 帰り道で夜空を見上げてみれば、西武池袋が鉛筆を使っていたころよりも街が伸びて空が狭くなっている。薄紫色の
明るい夜の中を歩きながら、西武池袋は懐古を振り払うように足早に家路についた。




























(2011.10.31)