☆幽霊マンションのメトロな生活☆
(最初はゴーストスイーパー銀座の極楽大作戦!だったのが、よく考えたら幽霊アパートの設定と一緒だったので変更。
ダブルパロといえるほど内容に沿っていないので、タイトル詐欺かもしれません。)
プロローグ
サラリーマン家庭の次男坊として生まれた有楽町は、何もかもがとにかく「普通」だった。公立の小学校・中学校・高
校をでて私立大学に入学した彼は、実家から通学していた3つ違いの兄が就職とともに転勤で地方にいってしまい、両
親と3人で暮らしている。
家族3人がそろったある日の夕食のさなか、両親から唐突な宣言があった。
「アメリカに転勤が決まった。母さんと一緒に来月から赴任するが、この家でお前が一人で暮らすのも不経済だし、人
に貸そうと思う。お前はアパートを探して一人暮らしをしなさい。」
「え。」
「学生時代くらい、ときにはお金のない生活を経験するのも大切だ。多少仕送りするから、あとは自分で何とかしなさ
い。」
「ええっ!?」
普通というのは恵まれたことだったのだと、初めて巣を追われて有楽町は知った。
翌日から、有楽町の家探しが始まった。土地勘はあるが家探しは初めての経験なので、とにかく大学の近くの不動産
屋で広告を見るところから開始しようと思い、通学路にある店の広告を外から眺めた。大学は都内にあるので、家賃は
それなりに高い。少し電車に乗ってでも安いほうがいいだろうか、と検討していたとき、店の中から店員が出てきた。
「物件をお探しですか?」
いかにも人の良さそうな、まだ20代の若い店員に話しかけられ、有楽町は少し身構えた。ここで話したら断りにくくなる
ことを警戒したのだ。
「ええ、まぁ、急ぎではないんですが……。」
「よろしければ、店の中で物件をご紹介しましょうか。」
じりじりと逃げるように固辞する有楽町に、店員は苦笑した。
「見たからといって、契約しなければいけないわけではないですから、お気軽にどうぞ。」
お世辞にも男前とはいえない分、警戒心をとかせる雰囲気に長けた店員は、押しに弱い有楽町をするりと店の中に
引き入れた。
店の中にはカウンターがあり、「おかけになってお待ち下さい」といって店員は一度パーテーションの奥へ消えていき、
その後、お茶とクリアファイルをもって戻ってきた。
「申し送れました、私、店長の東西と申します。」
差し出された名刺を受け取り、役職を確認して、ずいぶん若い店長だな、といぶかしげな目を有楽町はしていた。
「見てのとおり常駐の社員は私一人なので、店長も兼任しているのですよ。」
笑いながら、東西は物件の資料が入ったクリアファイルをぺらぺらとめくりはじめた。
「一人暮らしの物件をお探しですか?」
「ええ、季節はずれですが、家庭の事情で一人暮らしを始めることになりまして。」
「いい時期ですよ、社会人の転勤はありますけれど、学生さんの動きは少ないですから、比較的物件も出回っていま
すし。ご予算はお決まりですか?」
「うーん、安いにこしたことはないですけど、大学から近くてスーパーとかあって生活しやすいところですかね……。」
有楽町の声は小さく消えるようになっていった。自分でいいながら、そんな物件があるとは思えなかったのだ。
「今日はこの後授業ですか?」
「あ、はい。2限と3限があります。」
「でしたら、3限が終わるまでに調べておきますよ。良かったら3限終わったあとに寄ってください。」
時計を見たら、授業開始までそれほど時間がない。有楽町はその申し出を有難く受け入れ、携帯番号だけ伝えて急
いで店を出た。
深くお辞儀をしてその後ろ姿を見送った東西は、すぐに携帯電話を取り出して発信する。
『はい。』
「もしもし、東西だけど。いま時間いいか?」
『いいよ。どうしたの?店で何かあった?』
「さっき、学生が一人来たんだけどな。わりといい奴なんじゃないかと思って。」
『ふうん、何か資料はあるの?』
「さっき店で少し話したから、防犯カメラに姿が残っているはずだ。」
『わかった、今から確認するよ。』
「ああ。それと3時頃にもう一度来店する予定なんだ。2時半までに返事をくれ。」
『すぐに返事するよ。ちょっと待っててね。それじゃあまた後で。』
「おう、待ってる。」
終話ボタンを押した東西は、はぁと深いため息をついた。東西がこの店を構える理由は2つある。ひとつは、彼の雇
い主へ取次ぎを頼む者の受付をすること、もうひとつは雇い主の好む人間を探すことである。先ほどの若い男が雇い
主のお眼鏡に適うか否か、もうぼちぼち業務量を減らしたい東西は祈る気持ちで雇い主からの電話を待った。
待つこと15分、書類整理をしていた東西の携帯電話がけたたましく鳴り響いた。
「はい、東西です。」
『銀座だよ。ごめん、待たせたね。』
「いや、全然。まだ15分しかたってねぇし。」
『それで東西、先ほどの彼だけど、なかなか良さそうだね。ついては丸ノ内をいかせるから彼の来店に立ち合わせて
やってもらえるかな?』
「そうか、わかった。」
『丸ノ内がいいといえばうちを紹介してね。僕も今日はここで待ってるよ。』
「了解、それじゃあ。」
電話を切って店の外を見ると、黒いスーツを着たスタイルのいい男が手を振っていた。内側からドアをあけて招き入
れれば、「のど乾いたからオレンジジュースをくれ。」と開口一番要求した。
「そんなもんねえよ、つか飲みたいなら自分で買って来いって。」
「今思ったんだから仕方ないんだぞ。ないなら水でもいい。」
「両極端だな。茶ぁぐらいあるよ。」
冷蔵庫からペットボトルの緑茶を取り出して渡せば、男は美味しそうに飲んだ。
「それで、東西。その子はいつ来るんだ。」
「お前なぁ、ちゃんと銀座の説明聞いてから来いよ。3時頃だって。」
「じゃあ、昼飯があるな。何食おうかなー、そばかな、丼物かな。」
「丸ノ内の好きなもんでいいよ。」
「それじゃあラーメンだ!」
「はいはい。」
書類を整理しながら、東西は有楽町の再訪を心待ちにしていた。そして、有楽町に紹介するダミーの物件探しに集中
していた。
授業が終わった3時過ぎ、有楽町は再び不動産屋を訪れた。押し売りされることもなさそうだし、誠実そうだと信じても
う一度きたのだ。
「こんにちは。」
「お!お待ちしておりました。いまご案内できる物件のうちおすすめをしぼりましたので、実際に現地をご案内したいと
思いますが、いかがでしょうか。」
「うーん……今日は決定できませんけど、いいですか?」
「もちろんです。参考にみていただいて、そこでご希望の条件を改めて考えていただければいいのですから!」
「では、お願いします。……あれ、犬を飼ってるんですね。」
有楽町の視線の先には、黒いラブラドールレトリバーがちょこんと座っていた。
「ああ、その犬はうちで物件を扱っている大家さんの飼い犬で、ちょっとお預かりしているんです。」
「そうなんですか、可愛いですね。」
「わん!」
犬は一度だけ鳴いた。
(わかったよ。)
東西は声にださず口だけ動かして犬に返事をした。
そして犬について世間話をしながら、二人は表に停めた車に乗り込んだ。
東西は押し付けるでもなく、淡々と物件を紹介した。家賃8万、7万、5.5万と取り揃えたが、物件はみな値段相応で
あった。
「3件見ていただいてお疲れと思いますが、もしよろしければもう一軒いかがでしょう。こちらは期間限定でして、ご返
答を急かしてしまうのでご紹介をためらったのですが、まぁひとつ話のネタにでも。」
「へえ、どんな物件なんですか?」
「上野駅徒歩5分、鉄筋マンションで管理費込み家賃3万、ユニットバス付きです。」
「すごい物件ですね!でもなんで上野?」
「私の取り扱いはこの駅近辺の物件が主流なんですが、ここは当社所有のマンションでして、遠方ですが扱っている
んです。ちなみに、築10年弱ですからわりと綺麗ですし、大浴場と食堂があって、住人は希望すれば朝食と夕食がで
ますよ。」
「ええっ!?それなんか裏あるんじゃないですか!?」
「ま、怖いものみたさにいってみましょう。かなりおすすめなんですよ!」
東西はすでに上野に向かってハンドルを切っていた。営業マンらしく東西は間が悪くならないよう、話をつづけていく。
「その物件の一階にはうちの本社が入っていましてね。なので、なにかとがやがやしますね。」
あくまで、『危険なことや怪しいことは何もない』とは言い切らずに、車内のテンションを盛り上げながら有楽町の疑問
を持たせないように上野駅に向かう。
「到着しました。こちらです。」
もう夕暮れ時であったが、そのマンションは堂々たる佇まいであった。6階建てのマンションは周囲と比較して敷地も
広く悪い佇まいでは全くない。
「部屋にご案内する前に、社長に声をかけてくるので少々お待ち下さい。」
「はい。」
一階の事務所に東西が行ってしまった後、有楽町はぼんやりとそのマンションを眺めていた。上野駅から大学の最寄
り駅はちょっと遠いが、駅から近いから苦にならないだろう。ただし、絶対何か裏があるよなぁ……。
「あ、有楽町さんすみません。ちょっとこちらに来ていただけますかー?」
事務所から東西に呼ばれたら有楽町は、快く事務所の中に入ってしまった。
「失礼します。……あれ、ここにも黒いラブラドールレトリバーがいるんですね。」
ふと呟いた有楽町の感想に、東西はなんともいえない顔をした。喜ぶような、困ったような、哀れむような。
「その犬、うちの犬なの。可愛いでしょ?」
「ええ、大人しいし、可愛いですね。」
「ふふ、ありがとう。初めまして、僕は社長の銀座です。」
「初めまして、有楽町といいます。」
「有楽町ね。うん、いいね、合格だね!」
「え?」
「あの犬は、君が東西の事務所で見たのと同じ犬だ。」
「え……?」
「それに、丸ノ内が見えること自体素晴らしい!君なら大歓迎だよ。東西、いい人材を連れてきてくれたね。」
宗教の勧誘か!と思った有楽町はとっさに入り口を確認するために振り向いた。しかし、自動ドアの前には黒い犬が
立ちふさがっている。それにも関わらず、自動ドアは閉じたままだ。
「そんなに警戒しなくてもいい、入居を強制するってことはないんだから。ただ、座ってゆっくり物件の話を聞いていか
ない?」
有無を言わさぬ銀座の誘いに、有楽町はとっさに本能で腹をくくった。
(2013.5.10)