失火 大人の女性向け。 無理やりですので、苦手な方はご注意ください。 前半は副都心×西武池袋、後半は東上×西武池袋です。 火の手が上がった、と聞いて真っ先にかけつけたのは西武池袋だった。 「火事とは本当か!?」 「あ、西武池袋さん。大丈夫ですよ、もう消えましたから。」 「大丈夫なものか!構内で火事などあって許されるものではない!煙が充満してしまったら大惨事になるところだった んだぞ!」 「重々承知していますよ。」 「だがな、その態度・・・」 「西武池袋さん。」 副都心が西武池袋の言葉を遮った。 「僕だってお客様のことを考えているんですよ?運転も一時見合わせましたし、今警察の方に手伝っていただきなが ら出火原因も調べています。4700人の足に影響が出たものの、けが人もいない。貴方が慌てふためいたってどうなる 問題ではないんですよ。安全確認ができればすぐにでも運転再開します。」 副都心は疲れていた。構内で出火など、西武池袋が言う通り、あってはならない事態で、どうせメトロの重鎮からなに から上の人間に説教と嫌味をくらうのは目に見えているのだ。他社の人間にまでぐだぐだ言われたくなかった。 「わかっているから、黙っていてください。」 勢いよくまくしたてられ西武池袋は、一旦は口を閉じてしまった。だが、我を取り戻して再び話を続ける。 「普段から気を抜いているからだ!燃えそうなものを放置しておくなど、非常識にも程がある!身内の失火ならまだし も、放火される危険性だってゼロではないのだ!」 西武池袋の声は低い、それでも頭痛がするほど疲れた体には若い女性の甲高い声のようにがんがんと響いた。 「だからわかっていますって・・・僕だって疲れるんですよ。」 「これくらいで疲れたなど抜かすな、これだから営団は・・・」 わかってはいるのだ、地下鉄の重鎮よりも更に10年程長く生きている西武池袋から見れば、はいはいにすら到達で きていない若造なのだろうと。 「・・・うるさいですよ。」 西武池袋線の右腕を、副都心が左手で押さえる。 「なんのつもりだ、貴様。」 「僕はあなたと違って生まれたてぴちぴちの若造で、経験もなく、目一杯ご迷惑をおかけして本当に申し訳なく思って います。」 いけしゃあしゃあと述べて軽く頭を下げる。右腕が掴まれたままなことはそのままに、西部池袋は態度を少し軟化させ た。 「いずれ経験を積めば少しはよくなろう。私は自分の路線に戻る。」 振り返って立ち去ろうとしたものの、掴まれたままの腕に、西武池袋はようやく不快感を露にした。 「離せ。戻らなければならないのだ。」 「貴方のところはうちと違って遅延していないから大丈夫でしょ。・・・若造に少しは経験を積ませてくださいよ。」 副都心は右手でドアの鍵を下ろす。休憩室の入口すぐ側で話していたことがあだになった。 「何を考えて・・・っ!」 「何って、今はあなたのことだけですよ。西武池袋さんも若い頃経験ありませんか?とりあえず一発抜きたいこの気持 ち、男ならわかりますよね。」 欲望を丸出しにした男の顔に、西武池袋の足がすくんだ。同じ顔を西武池袋もしたことはあっただろうが、欲望を向け られるとなると話は全く異なる。荒い息が耳から首にかかって全身に寒気が走った。 西武池袋のズボンを脱がせようと副都心が掴んでいた手を放した隙に、逃げ出そうとドアの鍵に手をかけたがその 手はすぐに掴まれた。 「いやだなぁ、逃げようだなんて。わからないことがあるから教えて頂きたいだけなのに。」 器用に片手でネクタイを外し、動きの鈍った西武池袋の手首を縛った。 「貴様!」 「体は動かなくても口だけは達者ですね。さっきから何度も何度もうるさいっていったのに、聞き入れないあなたが悪 いんですよ?」 西武池袋のコートのポケットに入っていたハンカチを取り出して、適当にくしゃくしゃっと丸めると口に詰めた。 じたばたともがく足を押さえつけ、ベルトを外してズボンを脱がす。痩せた足は女よりよほど細かったが、当然下着は 色気もへったくれもない男性用のトランクスだった。だが、今はそんなこと副都心にとってはどうでもよい。 この期に及んでまだじたばたと逃げようとする西武池袋にいらいらして、顔を一発殴った。 「すぐ終わらせますから。」 西武池袋の目が殺気立っていたが、そんなこともどうでもいいことだった。 (別に、好きでもないのだから。) 痛む体を抑えてなんとか西武鉄道の敷地に入ると、一気に疲れが溢れてきた。鏡を覗き込むと頬は痛みに比べると 大げさなほど赤く腫れていた。帰宅ラッシュ時、本来ならば社員と一緒に搬送する時間だが、真っ赤に腫れた顔では人 前に出られたものではない。 また、こんな顔では他の西武各線に会えない、残業と嘘をついて池袋駅に泊まるのは簡単だが、今日中に顔の腫れ がひけるだろうか。冷やしたらいいのだろうが、どうすればいいのか、誰にも聞けなく、誰かに聞けないものだろうかと 携帯をいじって、決心をして発信ボタンをおした。 『おう。』 「西武池袋だが、今いいか?」 『珍しいな、お前から電話とか。』 「少し聞きたいことがある。」 『なんだ。手短に言えよ。』 「顔の腫れを引かせるにはどうしたらいい?」 『はあ?どうしたんだ?』 「色々あってな・・・」 『とりあえず氷で冷やせ。俺は今晩たぶん池袋に泊まるから、薬とか必要だったら来い。』 「すまない。このままでは明日に響きそうなので今から向かう。」 『わかった、貸し一つだからな。じゃあ電話は切るぞ。』 会話は終了し、ツーツーと音が流れる。薬のめどが立てば気が楽になり、あと少しの辛抱だからと無理をして背筋を 伸ばし歩く。普段ならば、乗り換えにしては遠いが、近いはずの東武東上線のホームが地球の果てのように遠く感じ た。 東武東上線の社員に声をかけると、東武東上がすっとんできた。 「どうしたんだお前!その頬ひどいありさまじゃねえか!」 「だから仕方なく貴様を頼ったんだろうが!」 大きな声で答えると西武池袋の体がぐらりとゆらめき、崩れ落ちるようにその場にへたりこんだ。 「おい!大丈夫か!?」 「む・・・大丈夫だと思うんだが・・・」 「あほ!大丈夫なわけねぇだろう!西武に連絡するから迎えに来てもらうぞ!」 携帯を取り出した東上の手を、西武池袋が握り必死の静止をした。 「ダメだ!他の者には知られたくない。」 「でもお前、そんな状態じゃあ・・・」 「とりあえずどこか座らせてくれ。あと頬につける薬。」 「ああ、大した設備はないから、あんまりひどいようならお前のところの本社に連絡取るからな。」 「・・・わかった。」 東武東上線の仮眠室に通され、氷嚢を頬にあてると、西武池袋はようやく一心地ついて東上に茶を要求した。 「どうしたんだ?そんなに体調悪いってことは設備上の何か問題か?」 「いや、ちょっと色々あってだな・・・」 「それにしても今日の副都心迷惑だったよなあ!火災って、非常識にも程がある!」 「・・・そうだな。」 副都心への文句だけは話があって盛り上がれる話題だったのに、気乗りしない様子の西武池袋に体調不良以上の 何かを感じて、東上は西武池袋を不躾にじっとみた。普段ならば怒りそうな態度にでも西武池袋は疲れた顔を見せる だけで何も言わなかった。 「あんまり酷いことされたら言えよ。話くらいは聞いてやるから。」 普段は仲が悪くとも、年も一つしか違わず、似たような地域を100年近く走っているもの同士として、妙な連帯感があ り、嫌だ嫌だといいつつ、距離は近かった。 「・・・疲れたな、少し眠ってもいいか?」 「いいぞ、西武には適当に話しておく。」 「頼む。」 立ち上がろうとした東上の手を西武池袋が握った。 「どうした。」 「若い奴の考えていることはわからん。」 「俺にもわからん。」 「・・・年食ってる奴の考えてることもわからないけどな。」 「お互い様だな。」 家族でも同僚でもないところでようやく西武池袋は安心して瞼を閉じた。 その手を大事に包んで、根元の黒髪が少し目に付くようになった髪を撫でる。 「・・・俺は、お前が好きだよ。」 |