のちのあした 急に冷え込んできた朝に両手をすり合わせる。 真冬ならば手袋も考えるけれどそれほど寒くはない。しかし、血流が悪い気がするので、少しでもあたためようとし た。 どんどん遅くなる朝日は、先ほど全貌をようやく見せたばかりで、朝の白い光が池袋駅を満たしている。 「おはよう。」 「あ、おはようございます。」 すれ違った社員に声をかけ、西武池袋は東口の散策に出かける。 まだ車の少ない時間帯、人も疎らな横断歩道。駅前のドラッグストアはまだシャッターがしまったまま。 ひんやりとした空気が頬をぴりぴりとさせる。 排気ガスにまみれた町に訪れる、夜と昼の間の綺麗な時間。 「おはよう、西武池袋。」 「おはよう、早いな貴様。」 「まーねー、急に朝マック食べたくなったから早めに出社したんだけど、まだ朝マックになってないんだよ。あれ何時か らなんだろうなぁ・・・」 滅多にファーストフードを食べない西武池袋は当然知らない。さあ、と首をかしげる。 「西武池袋は?朝ごはんもう食べた?」 「食べた。」 「そう。」 誰と、と有楽町は聞こうとして止めた。無粋な話だ。代わりに遠まわしに尋ねる。 「昨日は所沢に戻らなかったの?」 「ああ、用があってな。」 有楽町は、昨日用があるといったひとをもう一人知っている。朝早くなんてとても起きてこないひと。 「そうか。じゃ、俺は自分とこ戻るな。」 「うむ。」 手を振る有楽町を、西武池袋も一度だけ手を振って返した。西武池袋は朝機嫌が良いためそういった気遣いを時折 見せる。 それは至って彼本人の中の問題であって、相手に影響されるものではないのだが、有楽町はかすかな好意であるか のように受け取ってしまう。 悲しい悲しいすれ違いをまた生みつつ、西武池袋は散策を続ける。 ポケットの中に手を入れたまま歩き続ける。てくてく、てくてくと。 近所を一通り、といっても10分程度の散歩を終えて駅に戻ると、西武池袋の昨夜の「用事」の相手が立っていた。 「どうした、今朝は貴様まで早いのだな。」 「僕まで?誰かいたんですか?」 「先ほど、そこの横断歩道で有楽町と会った。朝からファーストフードとか言っていたぞ、不健康だな貴様のところ は。」 「へぇ、先輩がねぇ。」 表情を変えずに、副都心は有楽町のことを想像して腹の底から笑いたくなった。 鈍感な西武池袋は、気の毒な彼の気持ちに何十年も気付かなかった。そして今も気付かない、なんて滑稽な寸劇だ ろうか! 「そうだ、貴様は朝食を食べたか?」 「ああ、置いてあったのを頂きました。朝からちょっとボリュームありましたね・・・」 副都心も一人のときは大して量は食べない、有楽町のことを笑えない食生活だから、無駄に健康的な西武池袋に付 き合うと朝から食事で疲れる。 「何をいう、今日も一日長いのだからしっかり食べておかないとまた遅延するぞ。」 「はいはい、きちんと頂きましたよ。」 並んで歩きながら手を握ると、怪訝な顔をしながらも拒まずに握り返す西武池袋の可愛いところを有楽町は知らな い。 副都心はその有楽町を想像するとたまらなく幸福に満たされた。それは西武池袋を腕に抱いて眠るよりも勝るのだ。 「どうした?何か面白いのか?」 意図せず緩んでしまった表情を戻しながら、なんでもないですよ、と答える。 「僕はあなたも先輩も大好きです。」 「そうか、それは良いことだな。」 西武池袋も、ベッドに上げる程度には副都心に好意を抱いているはずだが誰に対しても嫉妬を示さなかった。それは 副都心と同じで隠しているだけなのか、それとも本当に何も感じていないのか。 「あ、そうだ。きさまにいってなかったな。」 「え?何ですか?」 仕事の用事だと思った副都心は何かメモを取るものはなかったかとポケットをさぐる。 「おはよう。」 「は?」 「おはよう、朝の挨拶は当然交わすものだ。」 「はぁ・・・おはようございます。」 「うむ、よし。」 なんとなく手が離れて、西武池袋はそのまま自分の持ち場に帰っていった。 池袋駅のある冷たい朝の日。 (11/3) |