しんだらなにになりたい?





















 「甘いものが食べたいな。」
 「ほれ。」
 西武池袋のポケットから出てきた小さなポーチの中から飴が一つ出てきた。
 「もっとパフェとかそういうもんがいいけど・・・とりあえず、貰う。」
 ポーチの中にはソーイングセットだの、ヘアピンだのが見えた。ポケットの中が雑多になるのを嫌う西武池袋らしかっ
た。
 涼しい風が吹いて思ったよりも寒かった。ワイシャツ一枚ではいくら駅の中でも寒く、有楽町は腕を組んで少しでも暖
を取ろうとした。
 「ほっかいろいるか?」
 「なんでも出てくるなぁ・・・」
 「西武有楽町用にな、あの子は寒がりだから。あと西武新宿も。あいつはなんでもすぐ忘れる。」
 小さな、貼らないタイプにほっかいろをしゃかしゃかと振った。ほっかいろにはまだ早い季節だけれど、あると温かい。
 「パフェが食べたいのなら、行くか。」
 「いいの?」
 「この寒い中、と思わんでもないが、私もたまには甘いものが食べたい。」
 「じゃあ行こう、西武池袋の気がかわらないうちに。」
 肌寒い池袋のまちを二人でゆっくりと歩く。男二人でパフェを食べにいくために、一緒に歩いているのは奇妙で、有楽
町は一人で笑った。隣で西武池袋は仕事に関する話を続けている。いまのうちに面倒な連絡ごとを済ませておこうとい
う魂胆で。
 「適当に歩いているが、どこにいくか決めているのか?」
 「うん、なんかさ、池袋に星座のパフェの店あるらしいじゃん?いってみようと思って。」
 「ああ、あそこか。前に西武有楽町といったな。」
 「どうだった?」
 「星座によってだいぶ違う。」
 「そりゃそうだ。」
 忙しいひとたちの中を、二人で歩く。早歩きの人、ティッシュを配る人、時計をきにするサラリーマン。
 (みんな働いてんだな。)
 「みんな、なんで働くんだろうな。」
 ぼそりと口に出た言葉を、西武池袋は雑踏の中聞き取った。そのときだけ一瞬静寂が訪れたかのようにはっきりと聞
こえたのだった。
 口にしてしまってから、面倒なことを口にしてしまったと有楽町は後悔した。まじめな彼にこんなことを話してろくなこと
はないのだ。
 しかし、西武池袋は声を高らかに会長を称えることもなく、さあな、といった。
 「なぜだろうな。」
 静かな答えだった。答えにもなっていないけれど。
















 西武池袋がおひつじ座を、有楽町がさそり座のパフェを頼む。
 女性客が9割以上を占める店内で男二人、パフェを頼むというのは思ったよりも勇気がいることなんだなー、と有楽
町は少し腰が引けていた。銀座がいるときは平気なのだ、あの特殊な雰囲気があれば。
 「私はよく西武有楽町を連れてでかけるから慣れているけどな。」
 西武池袋が珍しく苦笑する。
 「甘いものを食べたいと誘ったのは貴様なのに。」
 「ここまで考えてなかったよ。なんでだろうな。」
 「わかっていたけど、教えなかった。」
 西武池袋が少し楽しそうに、交差点を歩くひとを見る。
 信号が変わるたびにたくさんのひとが、規則正しい流れにのって忙しいまちを歩いていく。
 「さっきの話の続きだが、貴様は死んだら何になりたい?」
 「え?」
 さっきの話がなんの話をさしているのかわからず、一瞬とまどう。それから、なぜ働くのか、という話だったとわかっ
て、ようやく言葉を返す。それまで、西武池袋はコップの水に口をつけつつ、黙って待っていた。
 「死んだら・・・?俺らは死ぬとかいつのことかわからないしなぁ・・・」
 まだ若い有楽町は、仮に人としても普通の年齢だ。むしろ、まだ若い。既に3つの元号を生きている池袋とは、死に対
する感性が、祖父と孫のように違う。
 「私は死んだら白い花になりたいな。出来たら菊がいい。白い小ぶりな菊になりたい。」
 「それは・・・」
 墓前に供える花じゃないか、といおうとして口をつぐんだ。西武池袋があまりに切なそうに寂しそうに、うっとりというか
ら、邪魔をしにくくて。
 「お待たせいたしました。こちらがおひつじ座、こちらがさそり座のパフェでございます。」
 女性店員の明るい声が割って入って、西武池袋はいつものような顔をした。無神経な店員(といっても彼女の行為に
瑕疵はないのだが)に救われて、有楽町はスプーンを手に取り、パフェに口をつける。
 「甘いな。」
 「甘いね。」
 一口ちょーだいとか、おんなのこみたいな行動をするわけもなく、互いのパフェを食べ続ける。
 西武池袋は無言の時間が流れようと気にしなかったが、有楽町はひどく気にして口を開く。
 「オレは死んだら、墓で静かに眠りたいよ。」
 それは、冗談でもなく、彼の本心からの願いだった。それがわかったから、西武池袋はまた苦笑する。
 「気苦労の多い貴様らしい答えだな。」
 「うるさいな、お前らのせいだよ、特にお前と東上と副都心。」
 「ゆっくり眠りたいだなんて、生きていてもできそうなことなのに。」
 「お前だって、白い花だなんて柄じゃないだろう。墓くらい歩いて行け。」
 くすくすと笑う西武池袋は、別に楽しそうではない、ただ機嫌良くパフェを減らしていく。
 また無言になって二人でもくもくと食べる。もくもくと、甘ったるいパフェを口に運ぶ。次第に飽きてくるアイスの甘った
るさが、今度は辛いものを食べたくさせる。
 先に食べきった西武池袋は、苦心する有楽町を眺める。眉間に皴を寄せて食べるくらいなら残せばいいのに、と思
う。でも、そんなまじめな様子が嫌いではない。
 ようやく食べきった有楽町に、西武池袋は甘ったるく声をかける。



 「では、いつかくる死ぬ日のために頑張って働こうじゃないか。」



 西武池袋のまどろっこしい答えに有楽町は財布を取り出しながら苦笑する。
 「そうだな。」
 支払いは当然のように有楽町が済ませた。店を出てからごちそうさま、と西武池袋が軽く頭を下げる。
 これは営団に施しを受けたことになるんじゃないのかな、と気にしても聞かない、いったら最後、二人きりの奇妙な時
間がもう終わってしまいそうで。
 冬に半分はいったまちには冷たい風が吹いている。たまには東池袋まであるこうと、西武池袋とは別の方向に歩き出
す。
 「有楽町、ちょっと待て。」
 「何?」
 「飴、まだもう一つあったから。パフェの礼だ。」
 それだけ言い残して、別れの言葉を言うでもなく西武池袋は青いコートを翻して池袋駅に向かっていく、
 有楽町はその颯爽とした綺麗な後姿が、交差点の流れに乗り、雑踏に紛れて見えなくなるのを見て、それからまた振
り向いて歩き始めた。
 あんな綺麗なものが、雑踏に紛れてわからなくなってしまうところを何度も反復して、反復して、彼が死んで白い花に
なったのを想像した。

 それはきっと綺麗な花だろうと思った。








































(11月13日)