苦しまぎれの口説き文句
副都心×西武有楽町×副都心です。
本人としては・・・西武有楽町×副都心のつもりです。
「今日も人身だそうですよ。」
副都心がコーヒーを飲みながら、なんてことないようにいった。
「あー・・・、今日もかー・・・」
なんてことないように返してから、有楽町は読んでいた新聞を握り締めた。
「また人身!?」
「はい、先ほど西武さんから連絡が来てました。」
「そういうことはもっと重大そうにいえ!わからないだろうが!」
「わかったじゃないですか、大丈夫ですよ。」
へらへらと笑って、西武から渡されたらしきメモを出した。そこには殴り書きで、「人身」とだけ。そんなもの、わざわざ
届けずとも電話かメールで済むことなのに。
「あの可愛らしい子が届けてくれましたよ。」
「西武有楽町か?」
「そうそう、大慌てて西武池袋さんのところに向かっていました。」
「・・・お前と話してる場合じゃない!!」
新聞を床に叩きつけ、有楽町は席を立つ。紙コップのコーヒーが倒れたので、こぼれたものを拭くために雑巾を取り
に副都心は給湯室に向かった。給湯室から戻ってみると有楽町はドアを開けたままでかけてしまっており、倒れた紙コ
ップの中身は空で雑巾は無駄になった。
「あっちゃー、早とちりでしたね。」
雑巾を持って立ち尽くす。直通運転を行っている西武池袋線が人身となれば副都心も他人事ではない、今すぐ対応
にかけずりまわらなければいけないはずなのに。
「なんか嫌になっちゃったなぁ・・・」
有楽町が座っていたソファに腰掛け、灰皿を引っ張る。ポケットの中で折れたタバコを気持ちまっすぐに直して吸う。
頭の中をニコチンがかけめぐり、白い煙で頭の中まで支配されていく。
「なんだかなぁ。」
有楽町が駆けていけば、西武池袋は『持ち場に帰れ』だの『お前がいても邪魔だ』といいつつ、まんざらでない顔をす
る。
有楽町は距離が近すぎて、そのまんざらでもない顔に気付かないが、一歩離れている副都心は気付いてしまう。副都
心一人で会う西武池袋は大して口も聞かない。その、人形のようなところも嫌ってはいないのだが。
「・・・結局、あの人たちにとって僕は邪魔じゃないか。」
コンコンと、ノックする音がした。
「どうぞ、あいてますよ。」
いつもの軽い雰囲気を取り戻して、副都心は精一杯おどける。
「西武有楽町だが、有楽町はいるか?」
こんな子供ですら自分よりも先輩を必要とするのか、と副都心の神経は苛立ったが、大切な商売相手に表情は崩さ
ない。
「あれ?さっき西武さんのところにいくって慌てて出て行きましたよ?途中で会いませんでしたか?」
西武有楽町はちょっと考えて、一人納得いったようでこくこくと頷いた。
「了承した。直接池袋にいったんだろう、ならいいんだ。これだけ、これを有楽町と二人で読んでおいてくれ。」
茶封筒を渡すと、西武有楽町は即座に帰ろうとしたので、副都心はなんとなくひきとめようとした。
「西武有楽町さん、ちょっと時間とれるようならココアでも飲みません?」
「ココア?だめだ、甘い物は一日一つと決められているからな。今ココアを飲むと夕食のデザートが食べられなくなっ
てしまう!」
可愛いな、と思う。小さな見た目に子供のような習慣に。
「大丈夫ですよ、西武池袋さんには内緒にしておきますから。」
「む・・・絶対に内緒にするか?」
「もちろんです、男と男の約束ですよ。」
「・・・早川は信じていいと会長がおっしゃっていたというしな・・・」
早川さんは信じても僕みたいなのを信じちゃダメですよ、と副都心は教えてあげたくなった。
「一杯だけだからな!貴様がどうしてもというから一杯だけ付き合ってやるのだ!」
「そうですよ、お疲れでしょうから甘いもので体の疲れを取るといいですよ。」
自販機に100円玉を入れココアを押す。西武有楽町がじっと機械を見ている。それはココアを待つ子供の目ではな
く、ぼんやりとした大人の顔だった。
(こんな顔をもするんだ、子供だとばかり思っていたら。)
「やっぱりお疲れなんですよ、どうぞ。」
自分の分もコーヒーを買って、銀座から貰った焼き菓子がまだあったはずだからと引き出しを開ける。
「いただきます。」
ちょこんと頭を下げて西武有楽町がお菓子を一つ手に取る。子供特有の柔らかさを残しているが、西武池袋程では
ないにしろ整った綺麗な指をしていると思って、副都心は子供相手に何をと首を振った。
その副都心の様子を、西武有楽町は達観を知った大人の顔で観察していた。
「・・・私は西武池袋に似ているとよく言われるよ。」
「え?」
心の中を覗かれたような、ぞくりとした感覚が走って、副都心は柄にもなく少しうろたえた。
「私に西武池袋の影を追うものはお前が思っているよりも多いぞ。」
「・・・」
こんな小さな子供なのに、と副都心が同情を込めて頭をなでてやろうかと思えば、タイミングよく西武有楽町はふるふ
ると頭を振った。
「私は大きくはなれないが、もしも年相応に成長して金髪にしてカラコンを入れて片目を隠せば西武池袋に見えよ
う。・・・なんて顔をしている、これでも私は貴様よりもずっと年上だぞ。年は貴様より有楽町に近い。」
ひざを組んで話し続ける強硬な態度はいつもの西武軍団の一角なのに、今日は妙に押されて副都心はコーヒーに口
を付けるのも忘れて西武有楽町を見た。
「だが、私は成長できぬからいつまでたっても子供のままで西武池袋の代わりにはなれない。残念だったな。」
憂える格好は、しょげた子供の微笑みを誘うかわいらしいものではなく、成人男性として慰めねばならぬと思わせる
背中だった。何か声をかけなければと珍しく副都心は焦った。年上の扱いとあしらいには慣れているが、年下の格好を
した年上の扱いには慣れていない。何か言わなくては何か言わなくてはと考える。
「・・・僕が、口説きましょうか?」
西武有楽町が大きく目を開いて、それからわっと笑った。
「何をいうのかと思ったら!さすが有楽町の後輩だな!」
ぬるくなったココアを一気に飲み干し、西武有楽町は百円玉を机に置いた。
「営団の馳走になっては西武池袋に怒られる。」
「別にいいのに。」
「そろそろ池袋線も復旧しただろう、私も持ち場に戻る。」
西武有楽町は小柄な体を翻してさっさとメトロの休憩室を出て行った。
(子供、だと思っていたんですけどねえ。)
ちょっと男前じゃないか、なんて思ったりするなんて!
(10月24日 お題はminuit様からお借りしました。)