川越線(軍事路線)=埼京線という妄想から生まれた捏造小説です。


京浜東北+川越(埼京)
Before After









 軍事路線への命令なんていい加減なものだ。見通しも立てずにただ命令するだけでよい、そんな犬のようなお人形の
ようなことで路線としてやっていけるか、京浜東北は心配というよりも腹が立った。旅客路線としてもう古参組の彼から
見れば、新参組の軍事路線は考えていることもわかりかねる不気味な奴らだ。

 『本日を持って、川越線が赤羽線の管理を兼務し、通称埼京線と呼称することとする。』

 国鉄経営陣から出された辞令を京浜東北は冷めた目で見た。彼は軍事路線に出される辞令を嫌っている。命令とあ
れば尻尾を振って喜ぶ軍人気質の路線たちの考えていることはわかりかねたし、雰囲気も異質であった。しかし、埼京
線として旅客鉄道を担って都内に出入りすることとなれば地方路線と一瞥に付すこともできず、京浜東北は渋々遠方ま
で辞令を渡しに行くこととした。
 京浜東北が管理部門的な役割を担い始めたのは戦後のことだった。戦争に人員を取られて人間は運行に回さざる
を得ず、不眠不休で動ける路線たちの中から細かい作業がむいている者が一時的に担った。それだけのはずだった
が、人員が十分に補充されても京浜東北はなんとなくそんな役割を担い続けている。
 川越駅は京浜東北にとって思い入れも何にもなくて、ただ地方のちょっと開けた街だった。そういえば、ずいぶん昔は
回船問屋が軒を連ねて賑わったと聞いたことがあったと思い出したが、今は都内と比較すれば静かな落ち着いた街に
なっている。
 駅員に声をかけると、川越線は外出中だという。ならば外の喫茶店で待つからと告げて、京浜東北は改札を出た。
 小江戸と自称する町並みに京浜東北はなんの郷愁も感じない。古めかしく、時代に取り残されたかのような家が連な
り、そちらの一角から目を逸らして、駅員に進められた喫茶店に入った。商店街の中ほどにあるチェーン店には都内と
ほとんど同じ空気が流れていた。それはそれで面白くないと京浜東北は思ってにやりと笑った。

 コーヒーをすすりながら辞令を何度も読み返し、それにも飽きて本を読んでだいぶ進んだ頃、ようやく見慣れた制服
が店内に入ってきた。
 「お待たせして申し訳ありません。地場の有力企業の方を訪問しておりまして・・・いらっしゃると先にお聞きしておりま
したら予定を空けていたんですが。」
 落ち着いた話し方に嫌味のとげを感じて京浜東北は不快になった。幼顔の金髪の男は京浜東北と同じデザインで緑
色の制服を着ている。無駄に丁寧な、軍事路線らしい態度。
 「・・・急におしかけたこちらが悪いんだから、気にしないでくれ。何か飲むか?本社の経費で落とすから。」
 「よろしいので?」
 そう聞いたものの遠慮する素振りを見せずに川越線は店員にホットコーヒーを一つ頼んだ。
 「それにしても、都内から京浜東北さんが川越にお見えとは珍しい。監査か点検か、何かお叱りでも受けるのでしょう
か?」
 柔らかい顔立ちに似合わぬ挑戦的な物言いに京浜東北は苛立つとともになぜかはらはらした。不安と期待、そういう
ものが入り混じった、けして不快ではない高揚感。
 「今日は、君に辞令を持ってきた。」
 少女のように少年のように川越線は微笑む。
 「どんなことでも、お国の命令とあれば従います。」
 ちゃかすでもない真摯な言葉にあてられて、京浜東北はコーヒーをすすった。戦争に負けて大分たってもなお命令を
受けることに幸福を感じる軍事路線の生態が眩しい。
 「辞令交付はこの文面にもあるが・・・来年度より、君には赤羽線も担当し埼京線と名乗ってもらう。わかっていると思
うが、赤羽線は東北新幹線開業の代償として約束された路線だ。高速鉄道のため、失敗は許されない。」
 ブラックコーヒーのカップをもった川越線は固まった。
 「・・・僕は、川越線ではなくなりますか。」
 「そういうことではない。赤羽線も兼務するが川越線はそのままだ。」
 「東京の方はそう仰いますけどね。埼玉の路線は・・・」
 そこからさきを、川越線は続けなかった。
 「かしこまりました。謹んで、辞令をお受けいたします。今後東京で研修や会議もありますよね?現場のトラブルがな
い限りすべて出席しますのでよろしくお願いいたします。」
 川越線の大人しく運命を受け入れる従順な態度は京浜東北を再び苛立たせた。イヤならイヤといってみればいいの
に。相手は役員でもない1路線に過ぎないのだから辞令を拒めずとも文句のひとつでも言えば可愛げがあるものを、と
思うが口にはしない。サラリーマン稼業を定年もなく勤める面倒さを自身がよく知るがために。
 そのあと二人は当たり障りのない話をコーヒー一杯分した。お会計は京浜東北が領収書を貰って立て替えた。
 喫茶店で別れようと京浜東北はいったが、川越線はホームまで見送るといって聞かなかったので、二人は並んで世
間話をしながら改札を通り過ぎて歩いた。ホームにて川越線は手持ち無沙汰な間に軽快でない口を開いた。
 「軍事路線の八高が、ずいぶん変わりました。」
 「そうだな。」
 「同じ軍事路線なのに、彼は変われて僕は変われませんでした。命令を待つだけでなく、自分で幸せや楽しみや運命
を見つけられればいいのですが・・・。」
 川越線の話は独り言に近かった。だから、京浜東北も回答は用意しない。だが、
 「赤羽線は新規路線だ。お前が振舞いたいように、なりたいのならば八高線のようにやればいいじゃないか。」
 自分にしてはなんて優しい言い回しだと京浜東北は川越に見られないようにため息をついた。全くもってバカらしい。
けれども川越線は何かかんがえるところがあったらしく、暫く俯いていた。
 「そうですね、京浜東北さんの仰るとおり、自分を変えるようにしてみます。旅客を運んで、そのうちラッシュに悲鳴を
上げたりするかもしれません。楽しみです。」
 ちょうどホームに電車が入ってきたので、京浜東北はもう何も話さなかった。ただ窓に向かって手を振る彼の顔が晴
れ晴れとしているのを見て自己満足に充足した。

 それから、川越線は何度か研修に参加していたが、京浜東北はその軍事路線らしいまっすぐにのばした後ろ姿しか
見ることはなかった。ただ、彼が前をみて動いて、生きているのをみてほっとしていた。どのみちしばらくまてば都内の
在来線の仲間入りを果たすのだから焦って会話をする必要もないと思っていたのだが、彼のお披露目にて京浜東北は
後悔することとなる。
 「どうもー、はじめましてー、川越線と赤羽線を兼任する埼京でーす!今度から都内も走りますんでよろしくお願いしま
ーす!」
 どこか間延びした話し方、テンションのあがった高い声、大きな身振り手振り、楽しそうな空気。全てが、京浜東北の
知っている川越線と違いすぎて、ずりおちたメガネをあげることさえ忘れてしまうほどだった。
 「・・・なにあれ。」
 宇都宮が不機嫌そうに埼京を遠巻きに見る。高崎や東海道とすぐに打ち解けて京浜東北はほっとしたが、不可解な
寂しさを自覚せずにはしられなかった。
 「経営陣もとんでもない路線を都内に呼んだものだね。」
 馬鹿にした、突き放すような宇都宮の態度。普段の京浜東北ならたいてい賛同するのだが、元の川越線を知る彼に
は単純には同調しかねた。
 「辞令を交付しに川越にいったときは、いかにも軍事路線らしい、口数が少ない堅い男だったんだよ。」
 言い訳がましくフォローを入れると宇都宮はますます苦々しそうに眉間にしわを寄せた。
 「軍事路線はどいつもこいつも単純だから、旅客を運べといわれればバカにならなければならないと勘違いしている。
貨物よりもよほど難しい商売だというのに。」
 宇都宮の気持ちもわからないでもない京浜東北は、宇都宮をなだめることを放棄した。二人の仲が良かろうと悪かろ
うと、大人だから二人の問題であるはずなのだ。
 歓迎会は賑やかにつつがなく進行し、しめの一本締めも済んで解散となった。飲兵衛たちはこれから埼京もつれて二
次会に行くといい、京浜東北も誘われたが丁寧に辞退した。
 埼京は頬を真っ赤にして高崎と何か楽しそうに話している。ああ、宇都宮の不機嫌の理由はこれもあったのかと思い
あってため息をついた。その埼京がふと京浜東北を見て声を出さずに口を動かした。
 『ありがとうございました。』
 幼顔に似合わず大人っぽいしかめツラをしていた軍事路線だったのに、今では風貌によく似合う表情をしている。埼
京は、すぐに高崎との会話に戻っていった。
 (そういうことね。)
 それが川越の覚悟だったのだろう、と思って、京浜東北はもうこちらをみていない埼京に会釈をし、まだ賑やかな一
団からこっそりと抜けて家路につく。
 痛々しいほど明るい埼京の声が最後まで耳にこびりついていた。




























(2011.1.31)
コメントで伺った梅一様の埼京妄想が私の中でも爆発して書いてしまいました・・・!
梅一様に捧げさせていただきます。