そろそろ夏になる、GWも終わった爽やかな季節は、遅延まみれで始まった。











 「北海道で31度だってよ。JR北海道の連中は暑さに弱いから辛いだろうね。」
 のんびりつぶやく京浜東北の言葉に、まだ遅延の疲れが抜けきらない東海道本線はイスにもたれかかったまま「どう
でもいい・・・」と呟いた。
 「きみも、いつまでそんな格好しているんだい?こんなことなれっこだろう?」
 「いやまじムリ。ちょっと今はお休みする権利とかもぎ取りたい・・・」
 「労組にいうんだね。でも、君のところでストは出来ないだろうから難しいかも。」
 冷蔵庫に入れていたアイスを取り出して京浜東北ががぶりとくわえる。東海道は仕事では神経質なわりに、私生活で
はわりとずぼらな部分を見せる京浜東北が好きだった。とても本人にはいえないけれど、こうして二人きりで休憩室に
いるのは至福のときだ。互いに古い路線同士、昔話も共有しているし、長いこと一緒にいるから慣れてもいる。だから、
うるさいガキが戻ってこないことを祈っていたのだが、いつもどおり、埼京線はけたたましくドアをあけてきた。
 「ちょっとおー!きいても宇都宮ったらひどいんだよ〜!!!」
 「埼京、静かにね。」
 ふいに携帯電話を取り出してメールを打ち出した京浜東北の連絡先は、東海道の想像の枠をでないがおそらくりん
かいで間違いないのだろう。りんかいは埼京の件ならばまるで影のようにするりとすばやくやってくるし、りんかいの方
で引き取ってもらえれば、疲労の重なっている他路線にとっては非常にありがたいことだった。
 「埼京は元気だな・・・」
ためいき混じりの東海道の言葉を、わめきたてる埼京はあっさりと無視して(というよりも、声が小さかったから気付か
なかったのだろう)京浜東北に宇都宮についての文句をいっていた。その様子はあんまりにも普段どおりだったので、
今日がいい天気だったとか、ここんとこいろいろあって大変だったな、とかそんなことを一瞬忘れた。
(―――官営鉄道)
うとうとと一瞬まぶたを閉じたとき、ずいぶんと懐かしい声を聞いた。急には名前を思い出せないほど、百年以上も離れ
ていた声だった。
 「こんにちは。埼京、ちょっと僕の路線の方を手伝ってもらってもいいかな?」
 「りんかい!聞いてよ!京浜東北は僕の話を聞いてくれないんだよー!」
 「そうだね、じゃあ新木場で話をきこうか?」
 「でね、でね、りんかいっ・・・」
 埼京を連れて軽く会釈をして休憩室を出て行くりんかいに京浜東北は心からの感謝をもって手を振った。疲労が極限
に達している東海道も手を振る。そのときも、東海道の心はここにあらずだった。
 「りんかいが早くきてくれてよかったね。埼京って女の子みたいだな、彼氏がくれば落ち着くんだから。」
 東海道から返事はない、ため息をついて京浜東北はソファに座った。
 「何を考えているのさ。今日の人身事故のこと?この前の車両故障のこと?バブルの話?焼け野原の話?それとも」
 「開業のときの話だ。」
 顔を上げて、東海道は京浜東北をみた。京浜東北と東海道が共有しない話は少ない。けれど、東海道の開業の話を
 共有できる鉄道はいない。元々飛脚だった連中とか、国内海運をやっていた連中とか、かなり限られた面々しか東海
道の生まれたときをしらない。
 「そう、また古い話だね。」
 東海道が開業の話をすることはめったになかった。初の新幹線である昭和生まれの兄に遠慮して、長い歴史に目を
背けていた節があった。兄が来るまで、彼は時折昔話を口にしたし、山手や京浜東北、年の近い宇都宮や高崎と昔の
上司を思い出して笑ったりしていた。
 「俺が生まれたときにはさ、伊藤さんと大隈さんがすげえ喜んでくれて・・・天皇皇后両陛下も御乗車下さってさ。利益
もめっちゃ出て。みんな、見るだけでびっくりしてた。」
 東海道が、自身の歴史を誇り高くいうことは珍しいから、京浜東北はおとなしく聞いていた。うとうとと目を細める東海
道の体は船を漕ぐように時折揺れる。
 「君は日本の心臓部を走るために、日本で一番最初に生まれたんだ。もっと自信をもっていえばいい。」
 東海道の眠気は次第に限界に達していた。寝言のようなたわ言をいったことも眠気に流されて、東海道は椅子に座
ったまま目を閉じる。
 「けいひんとうほく・・・」
 ねむたげによんだあと、ついに東海道は眠ってしまった。
 「そんなに疲れるまで走らなければいいのに。兄弟揃って馬鹿がつくほど真面目なんだから。」
 食べ終わったアイスの棒をゴミ箱に捨ててから、京浜東北は誰かが仮眠用においていった毛布を東海道にかけた。
 「そんなところが好きだけどね。」
 東海道の顔にかかった前髪をはらってやり、あまり兄に似ていない最古参の路線の顔をまじまじと眺めて、軽く頬に
触れた。
 「今日は暑いから、経費でみんなのアイスを買おうか。疲れてるから、きっと喜ぶよ。」
眠る東海道のそばで、京浜東北は笑うように歌うように楽しげにいう。京浜東北にとっても一緒にいる時間は至福のと
きで、誰にも邪魔をされないように、何をするわけでもないけれど部屋の鍵をかけた。






 「今日は暑いから、何か間違いが起きちゃいそうだね。」






 きっと、梅雨の頃に夏は遠ざかってしまうから、それまでに一度間違いがあってもいいのではないかと。





































(5月11日 東海道本線が官営鉄道の元だ、となにかしらの本で読んだので・・・)