大人のお姉さん向け表現が少しあります。
ほんとうに少しです。











No.1 溺れる魚













 
 
 
 
 先日、上野駅を通る路線が集まって飲み会を開いたのだと西武池袋に伝えたのは有楽町だった。
 「飲み会といっても会議のついでの親睦会のようなもんでさ。もともとみんな顔見知りだけど、仲がいいとは限らないし
ね。」
 コーヒーを飲みながらその話を聞いていた西武池袋は、よくもそんなに多くの仲の悪い路線たちが集まれたなといっ
た。
 「各社にかけあって全員の日程を合わせさせたって銀座がいってた。えーと、新幹線は除外したとはいってたけど、メ
トロは銀座、日比谷、JRが宇都宮、高崎、常磐、山手、京浜東北。あとは京成と都営の大江戸かな、合計9人で腹の
探りあいやらなんやら、お酒よりも胃薬の欲しい飲み会だったって日比谷があとでこぼしてた。」
 「それはご苦労なことだったな。」
 勤務時間の合間に打ち合わせと称して喫茶店でお茶する程度のデートであったけれども、有楽町は終始機嫌よく話
をしていた。西武池袋も、その話を機嫌よく聞いていた。二人のデートはそういった可愛らしいものばかりで、夜会うな
どまだ実現したことがなかった。西武池袋が西武有楽町の面倒を見なければならないからという切実な理由があって、
だいたいデートといえば仮にホテルに行くとしても、勤務の合間に長い休みをもらって、というのが多かったから、二人
で飲みにいったことはいままでなかった。
 「それでね、今日は一応本当に打ち合わせの仕事もあったんだけど、これ丸の内からもらった?まだだよね?」
 有楽町が鞄の中のクリアファイルから取り出したA4の用紙には、でかでかと「池袋のみ!」と手書きで書いてあった。
 「はぁ?」
 悪意があるわけではないが、はっきりとした声で疑問を思ったまま口にした西武池袋に、有楽町はひらすら頭を下げ
た。
 「ごめんね!一応これが正式な書類ってことになってるから、本当にごめん!で、こっちが俺が清書したもの。」
 もう一枚有楽町がだした紙には、池袋駅利用路線懇親会、とかかれて、趣旨や内容など飲み会のお誘いにしては堅
苦しくきっちりとまとめられた内容がかかれていた。
 「丸の内がさ、銀座はずるい俺もやりたい!ってごねて企画したんだよ。銀座が笑って許すから、俺が今各社と交渉
中ってわけ。」
 「池袋ってことは・・・あの貧乏路線もか!?」
 「東上にももちろん渡すよ。だって、仕事の集まりだし・・・」
 有楽町の言葉は次第に小さくなっていった。
 「でもさ、飲み会っていえば、西武有楽町の世話を他の奴に頼めるだろ?そしたら一緒に泊まれるかな?なんて思っ
たんだよ!」
 西武池袋は有楽町の急な勢いにびっくりした。そして、その提案は悪くはないと思った。西武有楽町の世話を面倒と
思ったことはないが、好きな男と一晩泊まるくらのわがままはときにはいってもいいのではないだろうか。まして、それ
は仕事なのである、会長に使える身として仕事であればいかねばなるまい。
 「・・・いいだろう、ならば、ホテルの予約もとっておくんだな。」
 その返事に、有楽町は飛んでいってしまいそうなほど喜びんだのだが、あまりにびっくりしたので口を阿呆のように開
く程度の反応しか出来なかった。けれど、どれだけ有楽町が喜んだかわかっている西武池袋はそれを指摘せず、静か
にコーヒーの残りを飲み干した。



 西武池袋の了承を取り付けた有楽町はその足でJRにおもむき、山手に声をかけた。いつも通りの山手は無言で受
け取って、暗い声で「その日は空けておく」と答えた。
その後姿に埼京も誘っておいてくれと有楽町が叫ぶと、山手は小さく手のひらをふった。それは了承か拒否かわかりに
 くい返事ではあるけれど、おそらくは了承してくれたのだろうと思い、有楽町は次の目的地であり最終難関である東上
線乗り場へと向かう。


 東上線のホームで電車を見ていた東上に用紙を渡すと、予想したとおりの、苦虫を噛み潰したような顔と罵詈雑言が
降ってきた。西武池袋といい東上といい、顔は悪くないのに仕草も綺麗なのに、どうして壊滅的なほど口が悪いのだろ
うと有楽町はいつも泣きそうになる。
 「西武もくるのか・・・なんで俺があんな奴と酒を飲まなきゃいけねえんだよ・・・」
 「でもほら、一応東上のところの上司には了承とったし、費用も経費で落ちるっていってたから。」
 「お前はなんでそういらんところまで気を回すんだ!酒代くらい出せないわけじゃねえよ!」
 怒りながらも、東上は用紙をまじまじと見つめ、欠席しにくい会であることは理解したらしく、「いけばいいんだろ、いけ
ば。ただし、絶対に西武とは席を隣にするなよ!したらお前の車両に落書きするからな!」
 「それだけはやめて・・・!わかった、席は俺が決めておくから!隣には絶対しないから!」
 「覚えとけよ!絶対だからな!」
 捨て台詞のように言い残すと、東上は出発する電車に乗っていってしまった。東上線のホームに取り残された有楽町
はとりあえず全員を誘い終わり、参加を取り付けたことにほっとした。これで、仕事のほとんどは終了したとおもったの
だが、本当に大変なのはこれからだと有楽町は失念していた。





 それぞれの間をとり、西武資本でも東武資本でもJR資本でも東京メトロ資本でもないところ、ということで結局西口に
ある小洒落た小さな居酒屋を貸し切って行われた。
 「2時間飲み放題だからなーいっぱい飲むんだぞ!じゃあ乾杯!」
 丸の内の挨拶に有楽町は頭を抱えたが、他の面々は別に気にするでもなく乾杯!というとグラスに口をつけ、思い思
いに料理に箸を伸ばした。
 「おい、有楽町。なんで俺の隣がこいつなんだ。それだけは絶対しないっていっただろうが!落書きするぞ!」
 「席は決めてたんだって!ほら、これ見ろよ!でも、あいつらが俺の言うこと聞くわけ内だろ・・・」
 早い者勝ち、と座った各路線たちは、本日たまたま遅延がなく最初についたJRと、先に店に行くよう指示されていた
副都心が奥の席に座り、仕事で遅くなった東上が、やはり遅くなった西武池袋の隣に座るはめになっていた。
 「私だってお断りだ、貧乏路線の隣など・・・貧乏が移る。」
 「おまえなぁ・・・っ!」
 「まあまあ、二人ともとりあえず飲んで?ね?」
 それぞれのグラスにビールを注ぎつつ、有楽町は背中に汗をたらして会話を取り持ち、料理を配り、二人に酒を飲ま
せるために自分もビールをあおった。
 相変わらず二人の間にはぴりぴりとした空気が漂っていたが、有楽町の努力と酒の力もあってか衝突することはな
く、一応円満に進みはじめた。
 西武と東武がなんとかなったかと思えば、副都心が余計な種をばらまきはじめる。
 「山手さん、内回りさんって何か食べるんですか?」
 「僕はまだ小さいからね★お酒は飲めないし、おつまみも食べられないんだ!」
 「僕いいもの持っているんですよ、赤ちゃんむけたまごボーロ。どうです?これなら大丈夫ですよね?」
 「・・・埼京、ほら。」
 山手(外)がビール片手に丸の内と談笑していた埼京の襟をひっぱると、開いていた口に大量のたまごボーロを突っ
込んだ。
 「ごめんね~うちの埼京たまごボーロが大好きだからつい♪」
 「埼京―!大丈夫かー!」
 「埼京はたまごボーロがすきなんだな!今度はいっぱい買ってくるんだぞ!」
 文句をわめきたてる埼京と、はしゃぐ丸の内、せっかく東上と西武がおとなしく酒を飲んでいるのに、こんなときに限っ
て・・・ああもう俺にはムリだ、どうにもならない。もういっそ飲むしかない。そう思った有楽町は場を取り持つのをあきら
め、焼酎を一気に飲んだ。酒に弱くはないが強くもない有楽町の体には一気にアルコールが回る。もういっそ泥酔して
しまえば何も気にしなくていいからと、それは有楽町の必死の防衛策でもあった。
 「あーあ、これじゃあ先輩使い物になりませんよ。」
 可愛らしくカクテルを持つ副都心と、日本酒片手に不安げに見る東上が、有楽町からはぐらりとゆがんで見えた。
 「だいじょーぶ、だいじょーぶ。」
 「おい、西武池袋、いいのか、おまえのあんなんになっているけど。」
 顔色ひとつ変えずビールを飲み続けていた西武池袋は、ちらりと有楽町に視線を投げるとすぐに興味を失ったかの
ように再び山手と会話を始めた。盛り上がるような話ではないが、山手は珍しく楽しそうに笑う。それが、東上にはとて
もふしだらなことのように見えた。
 「おい、西武池袋!こっちこいっていってんだろうが!」
 「うるさい、もう幼子でなないのだから自分の酒量くらいわかっているだろう?放っておけ。」
 西武池袋と山手の間には、別になんの関係もないのだろうが、この大喧騒(丸の内も埼京も副都心もはしゃいでい
る)の中、二人で飲んでいるというのが非常に腹立たしかった。東上には、どちらにどう嫉妬しているのか、自分でもわ
からなかったけれど。
 そこで、東上は日本酒の瓶とグラスを西武池袋の前にどんと置いた。
 「飲むぞ。」
 非常に男らしいカッコイイ声に、そのときばかりは全員が振り向いた。
 「・・・ふん、貴様ごときが私に挑もうなど百年速いわ!」
 「はん、殻のついたひよっこがピーチクいってんじゃねえよ!」
 東上がグラスに注いだ日本酒を、二人はすぐに飲み干した。
 がん!とグラスがテーブルに置かれ、二人が同時に山手を見る。
 「「注げ!」」
 ・・・はい、と小さく山手が返事をしたころには、有楽町は酒の眠りへと深く深く落ちていった。












 (・・・水の音がする。のど渇いたな。)
 ごく自然な欲求に後押しされて有楽町が体を起こすと、そこは知らない場所だった。
のどが渇いた、以外のことを考えられるほど酔いが抜けていない有楽町は千鳥足のまま水音のするほうへと近寄って
いく。
 洗面所のドアを開けると、コートを脱いだ西武池袋がバスタブに水を張ろうとしていた。けれど、栓をしていないから水
はどんどん流れていってしまう、西武池袋は「なんで水がたまらないんだろう・・・」とつぶやきながら、蛇口から流れるお
湯に手をつけていた。
 「有楽町、目が覚めたか。風呂に入りたかろうと思って湯を張ろうとしたのだが、何故だかうまくいかないのだ。」
 有楽町の酔った頭ではあんまり細かいことには気付けなかったけれど、西武池袋が通常では考えられないほど舌っ
たらずな話し方で、とろんとした目で無用心に見上げているのはわかった。ワイシャツがびちゃびちゃに濡れて肌が透
けている。目じりどころか首筋まで赤く染まった西武池袋はまるで子供のように水で遊ぶ。
 「吐くか?」
 「・・・吐かないけど。触ってもいい?」
 普段なら間違いなく怒られるだろうけれど、西武池袋は「どうぞ」といったばかりか、有楽町の服に手をかけた。
 「どうせならベッドがよかろう?」
 「そんなに濡れているのに?」
 「ならば、ここに脱いでおく。」
 濡れたワイシャツを脱ぎ捨ててバスルームに放りお湯を止めると、スラックスは部屋にある椅子にかけた。しわになる
なぁ、なんて有楽町は頭の片隅のどこかで思ったけれど、すぐに消えてしまった。
 西武池袋のパンツ一枚の姿は以前にもみたことがあって初めてではないけれど、誘う仕草の西武池袋は初めてだっ
たから、有楽町はされるがままベッドに横になった。馬乗りになった西武池袋から雨のようにキスが降る。
 「そういえば、いま何時?」
 ふいによぎった明日の仕事への心配は、西武池袋からの深いキスで中断された。
 「・・・まだ12時を回ったところだ。」
 普段ならもう12時だと思うけれど、だいぶ眠ったせいもあって、有楽町はそうかといって行為を中断しようとは思わな
かった。そして、西武池袋の肌に手を這わす。
 「西武池袋に溺れてしんじゃいたい。」
 有楽町の、一瞬の世迷言のような心からの願いを、西武池袋は笑って流した。かわりに、下着を脱いで一気に挿入
する。あまりにも慣らしていないそこでは、二人とも痛みを感じたが、酒の勢いもあってそんなことはすぐに忘れた。
あまりにも気持ちよくて心地よくて、西武池袋が淫らに腰を振る姿をみながら、有楽町は再び眠りの中に落ちていった。




 始発に間に合うよう4時にセットしたアラームがけたたましくなって西武池袋は目が覚めた。
 目は覚めたけれど頭はさめなくて、携帯電話の音を止めてから西武池袋はしばしそのまま呆然とする。
 起きてすぐとなりに有楽町の顔がある違和感に、なんとも言葉に出来ないものを感じた。裸のままの肌がすれ違う朝
などずいぶん久しぶりで、西武池袋は奇妙な感覚にとらわれる。
 「おはよう・・・うー、頭痛い・・・」
 唸る有楽町に水を渡そうと、西武池袋はベッドから立ち上がろうとしたが、有楽町の腕が邪魔で起きられなかったこと
と、有楽町が腕をどかそうとしなかったので、そのまま腕の中におさまることにした。
 「昨夜はお互い飲み過ぎたな・・・あのバカが勝負を挑んでなどくるから・・・」
 「あー・・・あいつらはどうしたの?」
 「埼京は山手が、副都心は東上が、丸の内は銀座が迎えに来てた。・・・たしか、そんな感じで解散した。」
 「西武池袋が俺を運んでくれたの?」
 「タクシーの運転手と一緒にな。」
 「ありがとう。かっこわるいところみせちゃったけど、一緒にいられて嬉しい。」
 西武池袋は照れたように頬を赤く染めて、そっぽをむいた。それは決して悪い感情の吐露ではないと長い付き合いか
らわかっていた有楽町は、西武池袋を後ろから抱きしめた。
 「幸せ。」

 たったひとことの単純な言葉は、まるで魔法のように西武池袋の中に浸透して、幸せな気持ちにしていった。












































(5月15日 二重の意味でできあがっている有楽町×西武池袋をかかせていただきました。ご希望に添えたか不安いっぱいですが、受け取ってく
ださい!リクエストありがとうございました。)