終電も終わり、西武有楽町を寝かしつけてから西武池袋は大事にとっておいたボトルの封を開き、二つのグラスに注 いだ。「とっておき」のものをあけるのは、大概西武池袋の調子が悪いか、何か悩んでいるときだった。だから西武拝島 はたいして好きでもないウイスキーであっても拒まない。 ウイスキーのグラスを傾けて、西武池袋は西武拝島に向かってぽつりぽつりと愚痴をいった。人身事故のこと、遅延 のこと、駅前のタバコのポイ捨て、乗り入れのこと。 西武池袋が本当に愚痴りたい、相談したいことが分かっている西武拝島は、酒に飲まれぬようちびちび飲みながら、 西武池袋をあやすように話を本題へ流していく。 「そんなに気に病むことないでしょ、西武池袋の言葉がきついのは仕様だって有楽町もわかっているよ。」 「でも…」 「考えちゃって、頭の中がそればっかりなの?」 酒でほてった顔で、西武池袋が頷く。 「だから酒を飲んでいる。」 「じゃあもっと飲む?」 「いや、これ以上飲むと明日に響く。」 空いたグラスを遠くによけて、自分の腕を枕に、西武池袋は頭を伏せた。 「きっと、有楽町は私がガミガミいったところでいつものことだと思っているだろう。でも、もしも今回だけはそうではな かったとしたら?今回が我慢の限界であったら?そんなことを考えると苦しくて、辛くて…」 「なら素直にそう言ったら?案ずるより生むが安しっていうし。」 手酌でウイスキーをつぎながら、多少酒の回ってきた西武拝島は笑う。 「そうか?」 「そうだよ、西武池袋ほど綺麗な女に告られて断る男がいるわけないじゃない。」 身内の贔屓目も含まれた励ましの言葉を、西武池袋は悲しい目で流した。 「そんなはずがない。」 「なんで?口が悪いから?」 西武拝島はずばずばとモノをいう。酔った勢いでもあり、長い付き合いの同僚の対応になれているからでもあり。 「教えてよ。わからなきゃ対処も出来ないじゃない。」 それは深刻な、世界が滅ぶといってもかくわ、というようなため息をもらしてから、西武池袋は小さな声でいった。 「大正生まれの女に戦後生まれの男が振り向くわけなかろう」 そんなことで悩んでいたのが、と西武拝島は意外に思う。確かに二人の年は50歳程違うけれど、見た目は大して変わ らないわけだから肌の衰えが気になることもなかろう、なにか西武拝島にはわからない理由があるはずなのだ。 「女心は難しいね。見た目が変わらないならいいじゃない。」 「……」 視線を外したまま黙りこくった西武池袋に対し、西武拝島は携帯電話を取りだし架電した。 「どこにかけているんだ?」 不審げな西武池袋の目線が楽しい、長い呼び出し音の後にようやく電話に出た相手の、電話越しの不機嫌な声もま た、西武拝島には楽しかった。 「こんばんわ。夜分にすみませんね、寝てた?あ、まだ起きてたんだ。それは良かった。悪いんだけど西武池袋を泊 めてくれない?……うんうん、それはいいから。……じゃあタクシー乗せるね。」 パタンと携帯を閉じて、西武拝島は西武池袋を立たせる。 「だれとはなしていたのだ?」 にやりと西武拝島が笑う。 「君の大好きな人だよ。」 そうと聞いて、西武池袋は一気に目を冷ましたかのように目を開き、そしてまた閉じた。 「……有楽町ではないのだろう?」 「なんでそう思うの?大好きな人っていったじゃない。」 「だって、有楽町は……私をそう気安く泊めさせないだろう。」 西武拝島は有楽町と親しくない。せいぜい、お互いが直通運転で所沢にいるときに数度会ったことがある程度だ。 「……そうだね。でも俺相手に管巻くよりはましな時間を過ごせるよ。悔しいけどさ、俺は話を聞いてあげられても、ア ドバイスはできない。」 真摯な目に射られたように、西武池袋は大人しくなり、西武拝島に言われるがままにコートに袖を通して用意されてい たタクシーに乗った。 「運転手さんに目的地を伝えてあるから。あとはお任せ。」 笑う西武拝島を、西武池袋はすがる目で見た。西武拝島は眉を不快に寄せる。そんな彼女を好きではないし、見たく ないし、それは彼女の本来の姿でない。 「明日の朝にはすっきりしてるよ。」 タクシーが夜を走り出す。車もまばらな深夜に、タクシーは順調に目的地に向かって進んだ。 オレンジ色の街頭を、西武池袋は興味深げに眺める。彼女は滅多に車に乗らないから、車から見る街灯に慣れるこ とはない。オレンジの明かりがしゅんっ…と流れる様子は道路毎に異なるようでみな似ているから、西武池袋はどこに 向かっているのかさっぱりわからなかった。但し、道がわからないだけで、西武拝島の意図はだいたいわかっている。 (余計なことを。) そう思っても、西武池袋は運転手に車を止めるよう指示しなかった。どこにいくかわかっていて、それを少し楽しみに もしていた。 そこを来訪すれば、心の一部が必ず救われる。長年の経験とアルコールは、西武池袋から思考力と抵抗力を奪っ て、いっとき、楽な方へと彼女を流していった。 タクシーは予想通りに小川町についた。しんと静まり返った町は、昔よりも人が増えたけれど空気は変わらない。 「まったくこんな時間になに考えてるんだテメェらは。」 不機嫌そうな東上を見て、西武池袋も同じような顔をする。 「好きできたわけじゃない。」 「あ?とりあえず中に入れ。こんな時間に女を外に立たせとくほど無用心じゃないんだよ。」 文句をいいつつ家の中に入っていく東上について、西武池袋も家にあがった。 東上の家は古い。西武池袋はこの家が新築だった頃を知っているのだけれど、もうずいぶんと昔の話だ。 大きな柱や丁寧な細工の欄間などは、貧乏路線には不釣合いな程、今となっては高価なものだ。今ではもう手に入ら ない木材が売られていた時代を、こういったものが重宝されていた時代を二人は知っている。それは遠い遠い昔の、今 となっては異国のようなまったく違う文化の時代だった。 「メシ食ったか?」 「いや・・・つまみ程度しか。」 「不健康だな。ちょっと待ってろ、なんか作るから。」 「手伝うか?」 「いい、座ってろ。」 西武池袋は家事がまったくできない。みな、きれいな手で水仕事などしなくていいという。東上もはっきりと口にしたこ とはないけれど西武池袋のきれいな手を気に入っている。西武池袋のように高飛車で尖った美貌の女が生活にまみれ るところは見たくないのだ。 「酒飲むか?」 「飲む。」 日本酒とおちょこを渡された西武池袋は、ひとまず自分の分だけ注いで一人で飲み始めた。 虫の声がよく聞こえる家だ、と西武池袋は思う。所沢でももちろん虫の声は聞こえるのだけれど、コンクリートの壁に 阻まれ、機密性の高い窓ガラスに阻まれ、普段意識するほど聞こえることはない。けれど、ここではか細い夜の虫の音 が、音楽のように聞こえる。 「ゴーヤチャンプルと味噌汁。急だからこんなもんしかねぇぞ。」 「なかなかうまそうじゃないか。」 西武池袋が東上の杯にもお酒を注ぎ、二人の静かな飲み会が始まる。 「今日、越生はいるのか?」 「いたらこんな夜中の来客は断る。今日は八高のところにいってるよ。」 「八高に?ずいぶんと仲の良いことだな。」 「あいつには妙になついてんだ。」 改まって話すこともない二人の会話は、他愛もないことばかりでなかなか核心に触れない。業を煮やして口火を切っ たのは東上だった。 「なにがあったんだ?」 何もない、なんてごまかしがきくとは西武池袋自身欠片も思っていない。けれど、できればいいたくない話ではあった。 「どうせ有楽町のことだろ?」 西武池袋が目を大きく開いて東上を凝視する。 「バレバレなんだよ。有楽町も多分お前のことが好きだから、うまくいくんじゃねえの?」 「・・・そうか?」 「しらねえけど。」 ゴーヤチャンプルは苦いけど、食べやすいし美味しい。ぜんぜん違うことを考えて浮き立つ心を抑えようとする西武池 袋の浮き足立った恋心は、今も冷静に年の差を考えていた。 「お前なら、戦後生まれの女と付き合うか?」 東上はちびちびと飲みながら、ときおりつまみに箸をつける。その動きを止めて、少し考えてから、「いいんじゃねー の」と答えた。 「好きなら年とか関係ないね。まして、身体的な問題はないんだから。」 西武拝島と飲んだウイスキーに加えて東上が出した日本酒も回ってきている西武池袋は、次第に体がふわふわして 夢心地になってきた。 「やってから考えればいいじゃん?」 片ひざを立ててちゃぶ台に座って酒を飲む東上は何十年も前から変わらない。つなぎのデザインは少し変わったけ れど、彼の造りに変化はなにもない。 「・・・そんな軽い女と思われたくない。」 西武池袋は有楽町が好きだ。年の差で悩むほど好きなのだから、そんなはしたないまねをできるわけない。 「今更カマトトぶんなよ。めんどくせえなぁ。」 「女心がわからんのか。それだから貧乏路線なのだ、愚か者。」 ぐい、とおちょこの酒を飲み干すと東上が横から酒を注いだ。そのタイミングも昔から変わらない。 「・・・自信がないのだ。結局、あいつに選んでもらえる自信も見込みもない。」 「恋愛下手。」 「女を連れ込む気配を見せないお前にいわれたくない。」 「うるせえ。」 なんとなく会話が途切れて、西武池袋は口を開かないために酒を飲み続ける。頭をまっすぐ保っているのが限界な程 に世界がゆれて、盃を持つために腕をあげていることすら億劫になる。そんな西武池袋の様子をみかねて、東上が隣 の部屋に布団をひいた。自分の布団と客用の布団を並べて。 「おい、寝るぞ。明日も仕事だろう?」 「・・・うむ・・・。」 西武池袋の体を引っ張って布団に転がした。化粧を落とさせるのはあきらめて服をくつろげてやろうとコートのボタン を外す。中に来ているワイシャツのボタン上二つを外すとくっきりと浮き出た鎖骨が見えた。華奢な首に東上はごくりと 息を飲む。首筋に口を付けて強く吸うと西武池袋が首を振った。痕は付かなかったが、西武池袋は眠たげな目を薄くひ らいた。 「・・・なに」 「久々に、やろうと思って。」 「・・・嫌だ、ねむい。」 「何もしなくていいから。」 コートとワイシャツを脱がし、ベルトを外す東上の腕に手をかけたものの、西武池袋は真っ赤な顔でぼんやりと東上を 見るだけではっきりとした抵抗は見せなかった。 「お前、考えすぎなんだよ。」 ワイシャツの中に入り込む東上の手が熱い、不快でないその手が眠い体には不快な行為を始めようとしているのだ が、久々に触れる他人の肌はそれ以上に西武池袋の心をざわめかせた。 心の片隅がちりちりと痛んで小さな叫び声をあげているのに、西武池袋の体はそれに耳をかさず、東上の背に腕を 回す。 指が入ると西武池袋が眉間にしわを寄せて異物感に耐えるが、生来受け入れる器官のそれはあっというまに慣れて 都合のいいように濡れ始めた。 東上の指はいつもの口の悪さに反比例するかのように優しく蠢く。すっかりほぐれたそこが物欲しそうにじれるのを西 武池袋は他人事のようにぼんやりと天井を見ていた。 (ねむたいのに。) 猛烈に眠気を訴える 自分の声とは思えない高い掠れた声が出て、涙まで出そうになるほど気持ちいいのを、がくがくとゆさぶられながらな るべく考えないように気をちらそうと西武池袋は天井の木目に目を這わす。 それでも結局は波の合間に流されていくように骨の髄まで快楽に飲み込まれていって、真っ白な頭で東上、東上と彼の 名前だけを呼び続ける西武池袋はいつもの傲慢な冷笑をかなぐり捨てていて、東上の目にはただただ可愛いらしく映 る。 「西武池袋・・・」 有楽町が好きだといった口で東上を呼び続ける西武池袋を、この上なく可愛いと東上は思った。 (でも、結局お前はアイツのとこにはいけねぇよ。) 泣きながら声をあげる西武池袋を組み敷いたまま、東上は首筋にはっきりと痕をつけた。西武池袋が他の男のとこ ろにいっても帰ってくるように。 朝、西武池袋が起きて鏡を見ると化粧を落とさなかった顔はどろどろのがぴがぴになっていた。東上相手にいまさら すっぴんを見せてどうこう思わない西武池袋は水でできるだけ落とし、東上の作った朝食がならぶ食卓につく。 「きさま、男にしておくのが勿体ないくらいだな。」 昨夜とは違う具材の味噌汁と卵焼き、焼き魚、漬物といったよくある朝食のメニューは、西武の大家族で食べる大皿 料理とはまた違った味がした。 「舌は全うで良かったな。」 二人の間には関係のある男女特有の、気の緩んだ空気がある。西武池袋は有楽町とそういう関係になりたいのに間 違えってしまったと、味噌汁にうつる自分の顔を眺めた。身体的な年は変わらないと男はみないうけれど、西武池袋は 小さな変化を自分に感じていた。まだ武蔵野と名乗っていた頃よりも化粧の乗りが悪いときがあった。肌がくすんだと感 じるようになった。昔よりもずっといい化粧品を使っているはずなのに感じるそれらは、年のせいとしかいいようがなか った。 「今度、有楽町を誘ってみるよ。」 味噌汁に口をつけた西武池袋がぼそりという。東上もご飯を口にいれながら、「いいんじゃねえか。」と返した。 「ダメでもともと。私がいろいろと気にしすぎなのだな。」 世話になった、と素直に軽く頭を下げたあとちょっと微笑んだ西武池袋はずいぶん綺麗だった。 (恋する乙女は云々ってやつか。いい年してても女ってのはそういう生き物なんだな。) そっけなく食事を続けながら、東上はその恋の相手が自分でないことに嫉妬していた。 久しぶりだったセックスは、枯れて折れかけた西武池袋の心に水を与えて弾力性を持たせた。東上の言うように考え すぎるのがいけないんじゃないか、連れ込んで一発ヤってから考えたって遅くないんじゃないか、大昔もそんな感じで大 して考えずに東上とも寝始めたのだからと、西武池袋は開き直って有楽町を呼んだ。 有楽町が到着するまでの間、西武鉄道池袋駅の休憩室をぐるぐると回る。かつかつとヒールの音が鳴り響いてあん まりにも耳障りなのでソファに座りたいのだが、焦る気持ちは西武池袋を座らせてくれない。 「呼んだ?」 「ああ。」 西武池袋はそれ以上続けられなくなって、彼女らしくなくもじもじと指を組んだり話したりする。それでもつぶやくそうに 吐き捨てるようにと息を漏らすように、「好きだ。」とストレートにいった。 有楽町は面食らった顔をしたので、西武池袋は戸惑った。失敗したと思って逃げ出そうと立ち上がる。消え入ってしま いたいくらいだった。 「俺も、西武池袋のこと好きだったんだ。」 有楽町の返答を聞いて、安堵とともに西武池袋の心は会長にお声をかけていただいたときの半分くらい高鳴った。そ れは奇跡のような高揚で、有楽町に抱きしめられるとそれだけで足の力が抜けてしまう。先ほどまでヒールで力強く歩 き回っていたのが嘘みたいに。 有楽町は若いのにけしてヘタではなかった。どこかで同じ女と一定数はセックスをしたことがあると感じたが、西武池 袋はそれについてなるべく考えないようにした。そもそも、付き合ってもいない東上とつい先日セックスしたばかりの自 分がなにか言えるわけではないとわかっていた。 頭ではわかっていたのに。 「なんだ、戻ってきたのか。」 池袋駅で書類整理をしていた東上は振り向くでもなく言った。西武池袋はいいたいことがたくさんあるがいってもいい かわからず立ち尽くす。有楽町とのことを全部言えばいいのか、それともどうするべきなのか。最低限のことだけ言い たいのだけれども、どれが最低限なのかよくわからない。 「つったてると邪魔なんだよ。メシ食いにいくぞ。」 言われてみれば昼食時だった。西武池袋は食事時に他路線のところへいかないようにしているのだが、今日はそれ どころではなかった自分の慌て具合に顔を背ける。 西武池袋の頭に、振り向いた東上の手が乗った。ぐしゃぐしゃと頭をかきまぜられる。 「今日はてめーの好きなもんでいいぞ。」 西武池袋の手を引っ張る東上の手は温かい。 「手など繋いでいいのか?他の奴らになんと言われてもしらないぞ。」 「うるせぇ。で、何食うんだ?」 「そうだなぁ・・・西口か。何がある?」 「何でもある。」 「そうだな。ならラーメンがいい。」 「ラーメンでいいのか?」 「一人だと行けないから。」 この女にもそんな殊勝な女らしいところがあるのかと東上は驚いた。まぐろを手早く片付ける根性があれば、ラーメン 屋に一人ではいるくらいなんてことないように思えるのに。 西口で西武池袋が行きたがっていたというラーメン屋で並んでラーメンを食べる。 「昨日の夜は幸せだったんだ。何が悪かったのかな?ああそんなわかりきったことを聞きたいんじゃないんだ。なんとい ったらいいんだ。なにがいけなかったんだろう。なにが足りなかったんだろう。」 替え玉を注文する東上の横で、しゃべってばかりの西武池袋はちっとも麺が減らない。ちょうどよかったと思って、す ぐに出てきた替え玉を器に入れて東上は返事をせずにまた食べる。 「どうして、有楽町の過去を勝手に想像して許せなくなってしまうんだろう。」 もはや東上にとうているわけでない西武池袋の独白はとてもとても小さな声で、席を一個空けてラーメンを食べている サラリーマンは気付かないらしい。西武池袋の可愛いところを聞かれなくてよかったなんて惚れた欲目で思っている東 上は、宙に目を漂わす西武池袋の整った横顔を見る。 「・・・そうか。」 西武池袋はふと納得したことがあったので不意に声をだした。 「なんだ。」 チャーシューに手をつけようとしていた東上が一時箸を止めて西武池袋を見る。 「これだ。私は有楽町とはラーメン屋に行けないんだ。」 「はあ?」 全く話の見えない独り言に東上はついていけない。 「だからだな、ここのラーメンはにんにくが多いだろう?私は有楽町とこんなものは食べられない。だが、私はこういう 物を食べたいし、男と一緒でないとこられない。」 「わかるような、わからない話だな。」 「まあ、私には貴様が似合っているということなのかもな。」 特に何を意図するでもなく西武池袋がふいに言ったことに東上は心を打ち抜かれて真っ赤になったのだが、ひとり得 心して上機嫌にラーメンをすする西武池袋は気付かない。 それから二人とも無言だったが、無言の空間が重くは無い。 ラーメン屋を出て肌寒い外に出る。これからまた働くのかと思うと、仕事好きでも憂鬱になってしまう幸福な満腹感が 二人を満たしている。 駅に向かってどちらともなく歩き出す。もう手は繋いでいないけれど、いつもより少しだけ距離が近い? 「・・・今日は昼間ラーメン食ったから、夜はさっぱりしたものがいいだろ?何が食いたい?」 「は?」 「夕飯。作ってやるから食いに来い。」 はぁ、と西武池袋はけげんな声をつい出してしまう。 「来いって・・・西武有楽町がいるし、それに貴様のところには越生がいるだろう?」 「なら西武有楽町もつれてくればいいだろ。」 「それならまぁ、いけるけど。」 「もらいモンのレンコンがあんだよ。うまいぞ。」 レンコンねぇ、と気のない返事をする西武池袋に、美肌には旬の野菜だと付け加えると整った眉を上げて怒っていた がそれを取り繕いつつ、ならば食べてやらんこともない、という。 「なら、今日の9時にうちに。西武有楽町にもいっとけよ。」 「あ、ああ。わかった。」 本当なのかわからない誘いをいまいち飲みこめない西武池袋を置いて、東上は仕事があるからと東武デパートに入 っていく。 (有楽町はまだ若いから、こういうことはできないだろ。) 誰よりも西武有楽町と一緒にいて親しいのに、西武池袋を繋ぎとめるためにそれを使えなかった有楽町と自分は違う と嗤いながら、東上は夕飯のメニューを考えた。 浅はかで愚かな手に反して、幸せのいいにおいがする想像だった。 幸せな家庭のような。 (2009.11.3 お気に召していただけたら幸いです。) |