有楽町×西武池袋

下手な甘え方

















 美人の億劫そうな緩慢な動きは迫力があるな、と有楽町は思う。
 「で、貴様は私にどうしろというのかね。・・・そんなもの。」
 「そんなものっていうなよ、あったら絶対便利だって。」
 「それは便利だろうな。だが、別段なくともことは足りうる。私は大概どこかの駅にいるから西武池袋線全駅に連絡を
回しさえすればすぐに池袋に向かうぞ。」
 「だから、それが面倒なんだって!頼むから持ってくれよ・・・!ほらお前も頼め!」
 隣でうんざりした表情を隠しもしない副都心も軽く頭を下げた。
 「オレも・・・乗り入れ先として西武さんには携帯持ってもらいたいっす・・・」
 「ほら!副都心すら頭を下げてるんだ!頼むから!」
 「嫌だね。あんな面倒くさいもの。」
 「慣れたら便利だから、操作も簡単な機種が出ているし・・・それにお前以外の西武線は持ってるだろう?」
 ソファにもたれかかってクッションを抱いていた西武池袋は空を見た。何か記憶を取り出して羅列しようとするときの
彼の癖だった。
 「西武有楽町は何かあったときのためGPS付きのものを、西武新宿はお財布携帯が欲しいといって、西武拝島はナ
ンパに絶対必要だからと、やつは結構初期から持っていたな。西武国分寺はなんだったか、暇つぶしとかいっていたか
な。西武秩父はなんだっけ、気付いたら持っていたな。ということは、私にはいいたくない理由で買ったのだろう、まった
く気に食わない。」
 西武秩父は恋人との連絡用に買ったんだなと有楽町と副都心にも容易に想像がついたが口にはできなかった。
 「なら、西武各線と連絡を取り合うためにもあれば便利じゃないか。夕食遅れるとかそういう時にも便利だぞ。」
 「別に・・・誰かに伝えてもらっておけばわかる。」
 「あー、いいっすか池袋さん。」
 「あ?」
 「オレとしても仕事の上で持ってもらえるに越したことないんですけど、先輩はデートの約束したりとか、帰ってからも
声聞きたいなーとかそんなこと考えてるんです。もってもらえないですかね?」
 「いやだ。」
 「料金は先輩が払います。」
 「ちょっ・・・お前なにいって・・・!」
 西武池袋はおっくうそうに一瞬顔を上げて有楽町を見た後、金の問題ではない、と言い切った。
 「もう一体どうしたら持ってくれるんだよ・・・!社会人として欠陥してるぞ携帯もってないとか!」
 聞きとがめた池袋が急に腕を上げて、副都心でも有楽町でもなく壁を指した。
 「もう一人いるだろう、あっちに。携帯持っていないやつが。」
 それは有楽町と副都心、二人のもう一つの悩みの種だった。だったが。
 「あいつが持つというのなら私も持っていいぞ。」
 「・・・言ったな、西武池袋。」
 「ああ、あんな極貧路線に携帯が持てるものか。」
 「お前らから発信してもらう必要はないんだ。オレらの連絡だけ受けてくれれば問題ない・・・世の中にはプリペイド式
携帯電話ってもんがあるんだよっ!」
 「・・・?」
 「受信には料金が発生しないだろう?受信だけでもしてくれればこっちとしては非常に楽になるからな、オレが自費で
買って渡した!」
 ぴくりと西武池袋の眉が動いたのを、副都心は見逃さず、有楽町は見逃した。
 (あー怒ってる。)
 西武池袋の怒りもごもっともだと副都心は思う。ただでさえ折り合いがうまくいっていない両者なのだから、何も火に油
を注がなくても。
 「・・・なら、私も携帯電話を持つことにしよう。」
 「っ!ありがとう西武池袋!」
 副都心の目も気にせず抱きつこうとした有楽町は、当然のように西武池袋の長い足に腹の辺りを蹴られて壁際まで
飛んだ。
 (キレイに入ったなー・・・)
 ただの優男と思っていたが、座ったまま蹴りをキレイに入れたあたり、副都心は西武池袋を見直した。男なら誰しも格
闘技はある程度好きなものだし。
 「貴様、クレジットカードは持っているな?」
 「え?・・・あるけど・・・」
 「契約しに行くぞ、おい副都心!」
 「はい?」
 「コレ、小一時間借りるからな。」
 「あー、どうぞどうぞ、お構いなく。では僕は渋谷に向かいますんで。」
 腹に手を当てて体を丸めて痛みに耐える有楽町に視線だけ送って、副都心は早々に部屋を出た。
 「電気屋で買えるな?」
 「大丈夫と思う。」
 「なら、買って来い。私はここで待っている。」
 「え?」
 「貴様の名前で、貴様の口座引き落としなら難なく買えるだろう?」
 東上の方を指差したときのようにゆっくりと、東口の駅前の家電店をゆっくりと指した。
 「早く、私の気が変わらぬうちに。」
 「は、はいっ!」
 急いで部屋を出る有楽町を見送ってから西武池袋はコーヒーの支度をする。
 コーヒーメーカーのたてるごぼごぼゆう音を聞きながら、西武池袋は再びおっくうそうにソファに体を沈める。
 コーヒーは濃い目に入れたのできっと、いつもよりも苦いだろう。たくさん入れたので、沸かしなおして何度も飲む羽目
になるだろう。それでもいいと西武池袋は思った。
 有楽町はきっと、西武池袋に似合う色の携帯電話を選ぶだろうし、それには時間がかかるだろうから、自分はコーヒ
ーでも飲んでゆっくり部屋でまっているのがいいのだ。
 西武池袋は有楽町が東上に携帯電話を買い与えたことに怒ってはいたけれど、だからといって有楽町の愛を疑うほ
ど、自分の価値を低く見積もる男ではない。
 「私に鎖を付けて許されるのはお前くらいなんだぞ。」
 沸いたコーヒーを自分用のマグカップに西武池袋は注ぐ。あんまり苦いコーヒーでも飲んでいないと顔がゆるんでしま
いそうだったから。






































(7月13日)