The story of eyes.
めのおはなし
〈鳥羽色の瞳〉
彼の黒目は、青白い白目の効果もあいまってまるで墨汁をぬったくったかのように黒かった。
「俺の目と同じ作りなの?」
覗き込もうとしてさけられた有楽町は、あっさりと引いてソファーに戻った。
「貴様の金色の目の方が不思議だ。私の目は普通だぞ。」
「そう?普通より黒が濃いよ。」
「そうか?普通だと思う。」
「特別キレイな目。烏羽色ってこういう色をいうのかな。」
特別キレイな、神様に愛されたかのような目の色をした有楽町は天使のように微笑む。
「私はお前の目が羨ましい。」
カラコンをつけて黄色い目を偽っていても、黒い地はかいま見える。天然で美しい色合いの有楽町にはかなわない。
無垢なその色味には。
「西武池袋は俺の目、好き?」
照れながら、一世一代の告白であるかのように有楽町が問う。
「好きだ。」
西武池袋は素直に答えた。彼が大好きな黄色に近い金色の目。
「嬉しい。」
欲のない心で頬を染める有楽町に、西武池袋はかなわないと思った。触れてはならないと思うほど、清い光景だっ
た。
〈星のない夜の空〉
その日は、目にゴミが入ってコンタクトを一度外したら落っことしてどこかに無くしてしまった。
2週間使い捨てを使っていたから懐に厳しいという程でもないが、地味にショックだった。予備を持ち歩いてなどいない
から、片方の目は黒いままでいくしかない。
幸い落としたのは左目だったからああだこうだ人に聞かれることもなかろうと西武池袋は気を取り直した。
実際、隠れた左目に気付く者はおらず、終業時間ギリギリまで支障なく業務を続けていた。
「西武池袋!」
ぱたぱたぱた〜と現れたデカい男は西武池袋に抱きついた。
「聞くんだぞ西武池袋も!今日の副都心はひどいのだ!……あれ?」
抱きつかれた勢いで西武池袋はよろめき、前髪が揺れて西武池袋の左目が一瞬、ちらりとだけ見えた。
「め!」
「言わなくてもわかっておる!視力はあるから問題ない!」
つい声をあらげた西武池袋を意に介さず、丸の内は再び前髪で隠れてしまった左目を見ようと前髪をよけた。
「め!黒い!」
「はぁ?私がカラコンを使っていることなど知っているだろう?なにを今さら……」
「夜の空だ!」
夜空は紺色だろうが、と思ったが、あまりに無邪気に夜だ!という丸の内につっこむのもどうかと思って口をつぐん
だ。
「カラコンで隠したらもったいないんだぞ、キレイなのに!」
「営団に指図される話ではないな。」
可愛くない口を聞いても、西武池袋とて悪い気はしていない。はしゃぐ丸の内の好きなように左目を見せた。
〈底なしの暗闇〉
そろそろ髪を染め直さなければな、と伸びてきた髪を駅のトイレの鏡で見ていたら、後ろに副都心がきた。鏡に映る
姿で気付いたが、声はかけない。
「西武池袋さんて、トイレで鏡をチェックするタイプなんですね。」
からかうような口振りにむっとした西武池袋は
「接客に携わるものであれば外見を気にするべきだろう」と返したが、「なら金髪はだめじゃないですか?」と返され
た。
会長が良いとおっしゃったならだから良いのだ、と言い返そうとしたが、そんなことを教える必要もあるまいといいかけ
てやめた。副都心が少し機嫌をそこねた顔をする。
「……少し髪が伸びてきたから、そろそろ色を抜かねばと思ってな。」
機嫌を取り繕うかのように副都心に話しかけている自分を西武池袋は心中であざけった。営団の気分を害さぬように
無意識に気遣った自分を、変わったと思った。
「本当は別のこといいかけませんでした?」
「なぜそう思う?」
言い当てられた、と思ったが素直に認めるわけにもいかない。
「まるで、僕の機嫌を取り繕うような説明口調だったからです。」
ふてくされた子供のように頬を膨らます。それは、西武有楽町よりまだずっと幼い子供特有のものなのか、それとも西
武池袋と外見年齢の変わらぬ大人の演技なのか。
「……機嫌くらいとるさ。大事な乗り入れ先だからな。」
副都心はあっけにとられてぽかんとした。
「……あなたは変な人ですね、機嫌をとったり、おせじをいったり。」
「変ではないだろう?」
「そうですね。いつものあなたを知っているから変だと思う。別に、いいですけど……そうそう美容室ならいいとこ紹介
しましょうか?渋谷の。」
急に話が前に戻って西武池袋はなんのことかと一瞬止まった。そして断る。
「結構、池袋で行くので。」
そろそろ戻らなくては、思ったより長居してしまったなと西武池袋は時計を見た。その手が急に押さえられる。
「?」
至近距離まで近づいた、副都心を西武池袋は凝視した。瞬きの音が聞こえそうな程、睫毛が触れ合いそうな程近付
いて、西武池袋は初めて副都心の睫毛が髪の毛と同じ色をしているのに気付いた。
(天然の色。)
光彩の色も淡い色で、つい見とれた。
「……先輩に聞きました。西武池袋さんてカラコンなんですよね。」
「?あぁ、そうだが…」
「確かに、地が黒い。カラコンは蓋みたいですね。」
副都心が手を離したので西武池袋は手をゆっくりと下ろし、副都心の色にみいって手を振りほどかなかったことを恥
じる。
「蓋とは、なんの?」
「西武池袋さんの黒い目は、きっと底無しの暗闇のようなんでしょうね。多分、先輩はキレイだと誉めたんじゃないです
か?」
確かにそうなので、西武池袋は否定も肯定もしなかった。副都心はそれを肯定と受けとる。
「その蓋があれば、先輩みたいな人が落っこちなくてすむでしょう?」
せせら笑うように冷たく静かに笑う副都心の目の方がよほど底なしに見えた。
〈悪魔の宝物〉
あまり持ち場を離れない真面目な西武池袋でも、ときおりは沿線風景や近くの店に変わりはないかなど、道案内等で
必要な情報を得に外を出歩くこともある。
池袋界隈や所沢付近はよく歩くが、駅によってはあまり近寄らない。だいたいは、接続路線の相性に起因していて、
秋津などはその筆頭だった。
武蔵野線のことを考えるだけで腹をたててしまう西武池袋は、なるべくは顔をも合わせたくなくて、できるだけ避けてい
た。
それは向こうも同じ気持ちだろうから、特に支障もなく互いに避けあっていたわけだが、自路線の駅に全く顔を出さな
いわけにもいかない。
汗ばむような暑い日の朝、出勤前にふと秋津駅思いだして西武池袋は今日見に行こうと思い立ったのだった。
熱い日差しと温度に、衣替えを予定より早めに済ませてよかったと夏用コートの荒い触り心地に西武池袋は思った。
花屋には夏の濃い色の花が咲いていて綺麗で、アスファルトを照り返す日差しは眩しいけれど心地よい。
秋津付近には一年弱きていなかったが、大きな変化はなかった。目印として説明する銀行もパチンコ屋も、おいしい
ケーキ屋も不変であるかのように佇んでいた。
そのパチンコ屋をみたときに、西武池袋は見覚えのあるオレンジ色の学ランのような制服をみた。無視しても良かっ
たのだが、妙な好奇心にかられて店のなかに足を踏み入れる。
パチンコ台の前に座って死んだ魚の目をした男はだいぶ玉を台に吸いとられているようで、イライラとした仕草で煙草
をふかす。
西武池袋は近くの台を一通り見回して、男の横の席を選び、千円札を機械にいれて玉が出始めると、ようやく男は西
武池袋に気付いた。
「…なんだテメェ。」
「その台よりこっちの台の方が良さそうだぞ。貴様の目は節穴だな。」
西武池袋が小馬鹿にして笑うと、武蔵野はわなわなと肩を怒らせたあと、再び台に集中始めた。
ジャラジャラとうるさい音と煙草の匂い。
それらを西武池袋はどちらかといえば嫌っていたが、ギャンブル行為自体は嫌いではない。 西武池袋の片目が見
抜いたとおり、五千円もいれないうちにあたりをひいた。隣の武蔵野が信じられないといった目で見てくるのを心地よく
横目で盗み見る。
「悪いなぁ。」
ボーナスが終わり、一箱ちょっと台が吐き出したところで西武池袋は台をたつ。結局一度も引けなかったらしい武蔵
野も立った。
「それでなんかおごれ。」
武蔵野はただ腹立ち紛れにいっただけだが、西武池袋は二人で食事をするという客観的な事実に気付いて不愉快
に顔をゆがめた。
「……やっぱいいわ。テメェと飯食っても楽しくねぇ。」
西武池袋の顔で気付いた武蔵野もさっきの誘いを否定した。パチンコ屋から換金所に向かう途中の道を武蔵野は無
言でついてきた。西武池袋も無言でなんとなく一緒に歩く。
「たしか、目はもともと黒いんだよな?」
「そうだが。」
「ふーん。」
強い日差しの下では微妙な色合いなどわからないだろうに、武蔵野は西武池袋の目をまじまじとのぞきこんだ。
「パチンコ玉みてぇだな。」
「……は。何をいうかと思えば。」
「暗いところでみると、黒く見えるだろう。そんな感じ。」
武蔵野はポケットに手をいれて、西武池袋とは別の方向に歩き出す。最後に振り向いて、死んだ目で西武池袋をな
めまわすように見た。
「悪魔の宝モンみてぇだな。」
にやりと笑って。
(8月30日 拍手用の予定だったので短いものの詰め合わせだったりします。)