「受け取ってください。」 自分よりもいくらか背の低い男性客から差し出された西武デパートの紙袋に西武池袋は固まってしまって、それから 受け取れないと丁寧に固辞した。 それでも押し付けてくるお客様が「受け取って頂けないのなら、そこのゴミ箱に捨てます。」などというものだから仕方 なく受け取った。だって、西武デパートの商品を西武池袋のわがままで無駄にするなんてこと、会長のことを思えばでき るはずがないのだから。 そして、その紙袋を受け取った西武池袋はいったん自分のロッカーにしまいこみ、休憩時間にロッカーから取り出して 包装紙を綺麗にむいた。そこから出てきたのは黒い花の髪飾り。柔らかそうな上等な布の花びらがふんわりと重ねら れた華のある大振りの髪飾りは落ち着いた色の割りに、仕事中には付けられないほどだ。 それでも髪にあてて鏡を見る。ふむ、金髪に黒い花は悪くないな、悪くないセンスだ、なんて西武池袋が一人でつぶ やく。 それにしても、なぜあのお客様は今朝だったのだろう?転勤で西武を離れるとか?(そもそも、そうでもなければ西武 の土地を離れるはずが無いのだから。さらにいえば、本来転勤も断るべきなのである。)と西武池袋は考え、どうせわ からないのだから考えることをやめた。自分より背の高い男に髪飾りを贈る度胸だけはほめてやってもいい、だが、し かし・・・ その髪飾りはもう一度包装紙にくるまれて紙袋に戻されて押入れの奥深くへと西武池袋によってしまわれてしまった。 もしかしたら、盗聴器か何かがしかけられていたかもしれない。その機会は切なく押入れの無音を主に伝えているか もしれない。 しかし、西武池袋にとってそんなことはどうでもよかったのだ。 押入れに閉じ込められた髪飾りの心音だけが響くように。 (’09.12.29) |