西武池袋のみ女体化
有楽町×西武池袋前提
東上×西武池袋
※大人の女性向け※















 西武池袋は声をあげずにひっそりと泣く方が似合うと思う。
 東上は西武池袋が嫌いなのだが、その美貌に秘かな夢を抱いていた。そうして東上が綺麗な女に似合う仕草を期待
するのに、西武池袋はいつもこうして東上の期待を裏切るからどんどん嫌いになっていくのだ。
 池袋駅西口の喫煙所でしゃくり上げながら号泣する西武池袋は、人の目からこれほど水を出せるものなのかと感嘆
するほどたくさんの涙を流してみせた。
 「・・・まるで俺が泣かせたみたいじゃねえか。とりあえず黙れ。」
 西武池袋は泣きじゃくるばかりで何も言わないから事情もわからないしなんとも声をかけようがないというのに、通行
人の視線が痛い。
 別れ話どころか彼氏でもない、同業者ってだけなのだ、同僚でもない!と東上は非常に腹立たしくタバコを噛む。喫
煙所にいた人は修羅場の匂いを感じて立ち去ったり遠目から眺めたりそれぞれだ。
 西武池袋が東上の前に立って泣き始めてからからまだタバコ一本分の時間もたっていないのだが、ついにいたたま
れなくなった東上は火をもみ消した。
 「ここで泣くな。とりあえず河岸を移すぞ。」
 西武池袋がびっくりしたように東上を見て一瞬泣き止んだ。その隙を付くように手を掴むと東上は歩き出す。西武池
袋は東上の手を払わず大人しくついてきた。
 昔、こんな調子の西武池袋を東上は何度か見ていた。そして、その度に西武池袋が別の路線を頼って泣くのを見て
いた。戦前から何度も、見慣れた光景だったから、「もし自分が頼られたら」と考えたことがないわけじゃなかった。けれ
ど目の前にしてしまうと、世間体とか焦りとか色々なもので頭がごちゃごちゃになってかける言葉すら見失ってしまう。
 後ろを時々よろけながら歩く西武池袋の手のひらが熱く、握り返す弱々しい力がなんとも頼りなくて東上はめまいがし
そうだった。夢ならば早く覚めて欲しいのに、手のひらの温度が「夢ならば覚めないで」と東上をして願わせた。




 このところ、西武池袋の恋愛はうまくいっていたようだった。相手の男は東上も良く知る他に類を見ないほどいい人で
ある有楽町だったから、西武池袋が不安定になる要素は欠片もなかったのだ。
 有楽町がどれだけ西武池袋を大事にしていたかは、同じ池袋を使う路線ならば見てわかることだった。あの電波な西
武池袋の話に嫌な顔一つせずに付き合うその表情は幸せそのものだったので、有楽町以外に西武池袋の面倒を見ら
れるものなどいないだろうと他路線達で話していたのだった。
 西武池袋が仕事のことで泣きじゃくると思えない東上は、それでも恋愛以外で何かがあったのではないかと思案を巡
らす。けれど、落ち着かない場所とあせる心では平素わかることだってわからない。それでも東上が、西武池袋がストッ
キングをはかずに生足でパンプスを履いているのに気付いたのは奇跡のような偶然だった。
 「おい、足寒くないのか?」
 東上を見上げていた西武池袋は、下を向いて足を確認する。それから、泣いていたのが嘘のように、とてもおかしくて
たまらないという風に顔を歪ませた。
 「置いてきてしまった。」
 そういえば、仕事中はいつも黒いパンツをはいていたはずなのに、今日は白く細い足が見えている。西武のコートは
厚手で長く体をすっぽりと隠すタイプなので全く違和感は覚えないのだが、東上はなんだか嫌な、かつまた同時に欲情
させる妄想を浮かべてしまって赤面した。涙の跡はそのままに、ようやく涙は止まったらしい西武池袋がその妄想を見
抜く。
 「多分、ご想像の通りだよ。」
 にやりと笑うといつもの見下した顔になる。その端整な顔に見下されるのは悪くないといつも東上は思うのだけれど。
 「バッカヤロー。その通りなら最悪だよ。」
 「そういえばバッグも財布も鍵も忘れた。事務所にすら戻れん。」
 「なんなんだよ、本当に・・・」
 適当にメシでも食って落ち着くのを待つか、と思っていた東上は東武デパートへと方向を変える。
 「はあ、鍵くらいはもってくれば良かった。」
 「全くだ。」
 東武デパートを前にして、ようやく東上がどこに向かっているのか気付いた西武池袋は足を止めた。それに合わせて
東上もとまる。
 「なぜ?」
 「財布も鍵もなんもねえんだろ?そのままじゃ家に帰れねえだろうが。」
 「それはそうだが、西武秩父でも呼んで・・・」
 「携帯持ってるか?」
 う、と詰まった西武池袋はポケットに手を入れて、それから頭を力なく振った。
 「ストッキングとスカートとシャツか?お前らが中に何着てんだかしらねえけど、ソレっぽいの選べ。」
 「あれは支給品だから他の者が見たらわかってしまう。いい、このまま帰る。迷惑をかけたな。」
 手を離して帰ろうとする西武池袋の手を強く握って逃げられないようにした東上は携帯を見せた。
 「仕方ねえな。西武新宿の連絡先は川越で何かあったときのために聞いてる。今日は帰れねえって電話したらい
い。」
 人が悪そうに笑う東上の単純なもくろみを気付かない西武池袋ではないけれど、洋服を断ってしまった以上、やはり
このままでは家に戻れないし有楽町のところにはもっと戻れないと思い、意を決して東上の携帯を借りた。
 数コールで出た西武新宿はなぜ東上の携帯から西武池袋がかけてきたのか聞かず、「携帯は早くなんとかしろよ。
明日の着替えと事務所の合鍵は東上のところの職員に渡しておいてやるからなんとかやれ。」とびっくりするような融通
をきかせた上で酷く愉しそうに「今週末はお前のおごりで飲みな。」といって電話を切った。
 ザルのように飲む西武新宿の酒代を考えるとめまいがしたが、それまでには財布も手元に戻ってきているはずだし、
西武池袋は顔を上げて東上に携帯を返した。
 「さて、では宿を貸させてやろう。」
 「口へらねえなぁ。」
 このときには西武池袋は泣いていた気持ちをどこかに置いてきてしまって心から笑っていたりしたのだ。





 東上線の休憩室も西武池袋の休憩室と似たり寄ったりだが、簡易キッチンとミニ冷蔵庫に生活感があるところが違っ
ていた。
 「ここで料理するのか。」
 問うたのではなく感嘆するような西武池袋のつぶやきを拾った東上は、「仕事がどうしてもってときはな。ここんとこ忙
しかったし。」と、あえて答えた。
 「越生は?」
 「悪いと思うけど、冷凍庫に作り置きしてる物食べてもらうようにしてる。」
 「まめだな。」
 勝手にベッドに腰掛けた西武池袋はいつもの癖で足を組む。そうするとコートのすそがひらりとあがって太ももと、そ
の奥がちらりと見えた。見えないふりをして背を向ける。
 「焼酎か日本酒。」
 「日本酒。」
 「ほら。」
 東上の沿線の酒造で作られた日本酒の包装紙をめくり、ふたを外すと日本酒のいいにおいが漂った。
 「いい酒じゃないか。貴様のところにあるとはとても思えない。」
 乾き物をお皿に出してテーブルに置いた東上は、座布団を引いて座った。
 「もらいもんだ。広告出したいとかっていわれて、何本かもらった。」
 「貴様のような路線の近くでこんなにいい酒がなぁ。もったいない。」
 くんくんと匂いをかいでからちびりと飲み始めた西武池袋に何か着るものを用意してやらねばと東上は押入れを空け
たが、せいぜいジャージしかない。
 「ほら、これ。」
 ぽん、とベッドに放り出されたジャージを手に取って、西武池袋は無造作にコートを脱いだ。一瞬のことですぐにジャー
ジの上を羽織った西武池袋は、下着が無いので下をはくか穿くまいか逡巡しているようだったので、東上は気にせずは
くようにといった。西武池袋はちらりと東上の目を見てから上下とも着た。西武池袋のように高そうな女に似合うジャー
ジではないけれど、そんな女が自分のような男のジャージを下着もつけずに黙って着ているのかと思うと東上の頭の芯
に熱が走った。
 ジャージを着た西武池袋はまたベッドに座りなおし、ちびちびと酒を飲み始めた。西武池袋のコップの酒が減ると東
上が無言で継ぎ足していく。
 酒を出したのは酒の力で早く西武池袋が眠れるようにとの配慮だった。アルコールの入った西武池袋は泣き疲れも
あって、次第に眠たげにゆっくりと瞬きするようになった。
 「寝ろ。今日は早く寝て、また明日だ。」
 「だが、ここには貴様の寝る場所しかなかろう。私は制服が届き次第家に戻る。」
 先ほどの電話の雰囲気でいうと西武新宿に悪意は感じなかったが、彼にも仕事がある。自宅に西武池袋の制服を取
りに帰ってそれを東武の職員に渡すとなると終電間際か、翌朝になると思えた。ならば無理せずここで休んだほうが得
策だろうと、東上は西武池袋に対して滅多に使わない優しさを総動員して考えた。
 「俺は床でもどこでも眠れるからいいわ。好きに寝ればいい。」
 布団とかどっかあったかなぁ、最悪イスでもいいかと掛け布団を探そうと東上が立ち上がったとき、西武池袋が東上
のつなぎの裾を引いた。
 「なんだ?」
 「・・・その・・・なんだ、変なところで寝たら貴様の明日に響くだろう!?」
 最後は怒り口調だったが、言いたいことはなんとなく伝わった。ただ、それが西武池袋の口から出るのが意外で驚い
た。
 「一緒に寝ろってか。」
 「・・・私だけ借りるのは忍びないからな!」
 「どうなってもしらねえよ?」
 西武池袋はそれには答えなかったが、東上がベッドに入り込もうとしても嫌がらずに端に寄ったので遠慮なくベッドを
使う。狭いベッドで大人二人ではくっつくしかなくて、自然と東上が西武池袋を覆うような体勢になる。東上はあまりくっ
つかないように気を使ったが、そもそも仮眠室のベッドで二人眠ろうというほうが厳しいのだ。少し悩んでから、東上は
冗談めかしていった。
 「腕枕してやろうか?」
 西武池袋は何も答えなかったが、少し頭を浮かせたので、その隙間に腕を入れる。自然とくっつくので端から落ちる
心配はなくなったが、西武池袋の顔が自分の顔のすぐそばにある状況に心臓がバクバクと高鳴った。西武池袋は酒の
せいで少し顔が赤い。薄暗い部屋の中で長いまつげまで見て取れた。
 「・・・なあ。」
 「なんだ?」
 眠たげに開けられた目が東上を見上げる。目が少し潤んでいるのに東上は気付いた。それはアルコールの効果だと
理性でわかっていても、体に熱が走るのを止められなかった。当然、その勃起したこと悟り、西武池袋が苦笑する。
 「何も、許可を請うことはないと思うんだが。」
 布団の中で動いた西武池袋が東上に跨ると、もぞもぞと下の方に移動していった。東上はためらいながらもそれを止
めずに、ジャージを下ろす西武池袋も止めなかった。トランクスを下げられるとぬるりとしたもので性器が包まれる。丁
寧に舐めあげる舌に、東上はジャージの裾を噛んで耐えた。十分に東上のものを舐めると、西武池袋が東上に跨る。
 西武池袋が珍しい行動に及ぶのを、何十年ぶりかわからない性行為に及ぶのを、東上は止めない。何人もの男を渡
り歩いた上の西武池袋の体を取り戻す一瞬を楽しみにしていたからかもしれない。久しぶりに東上を包み込んだ西武
池袋の胎内ははるか昔と何も変わっていないようだったし、全く別物のようでもあった。ただ、その温かさと包み込む充
実感と快感は変わらなくて、東上は遠慮なく西武池袋の中に射精した。



 東上は部屋の電気をつけて、荒い息の西武池袋のために水を冷蔵庫に取りに行き、グラスに入れて西武池袋にも
渡した。
 「西武池袋、有楽町と別れて俺と「やめろ、聞きたくない。」
 西武池袋は仕事のときよりもさらにはっきりとした口調で東上の言葉をさえぎった。明るいところで裸体を互いにさら
け出しているというのに、西武池袋は警戒していない。明るい部屋でみる西武池袋の体は無駄な肉はないのにでるべ
きところはでた素晴らしいフォルムをしているが、肌色の傷跡は痛々しくそして大きく西武池袋の体中に残っていた。そ
れは東上もお互い様なのだが。
 「・・・始発には間に合わせねえと。」
 「そうだな。」
 東上の手が体を撫でてもされるがままにされるし、皮膚を直接すり合わせるように抱きしめられても西武池袋はおと
なしく身を任せている。
 「・・・なあ、東上。」
 「なんだ?」
 「・・・寒いから、布団をかけてくれ。」
 きっと西武池袋は全く別のことを言おうとしたのだろう。それは東上が察したことと同じかどうかはわからないが、東上
は有楽町に昨夜の脱走を取り繕ういいわけを一緒に考えてくれと頼もうとしているのだろうと思った。東上が噛んでや
れば容易いこととも思えたし、西武池袋が望むのならそうしたっていい。
 「体、冷えたか?冷たい。」
 さらさらとした肌触りの西武池袋の皮膚は冷たく、暖めるように東上はくっついた。
 「体温が低いのは昔からだ。何をいまさら。」
 それでもやはり寒いのか、西武池袋も東上にくっついてくる。西武池袋の皮膚に残る傷の凹凸は触ってもわからなか
った。ただ、きっと有楽町はこの傷に驚いたのだろう、明るいところではっきりと眼にしてあの若造が受け止められると
は東上にはとても思えなかった。東上が何十年もかけても消えない傷跡に唇を這わすと西武池袋は身をよじらせる。
拒否しているようにも、じゃれているようにも取れた。
 「傷、消えねえな。」
 東上は西武池袋の皮膚に傷が残っていても気にならなかった、どうでもよかった。それはあの時代を生き抜いた者な
ら当然の負の遺産だと思うのだ。だからこそ自分達は時代が動いても自分達のままでいられる。あの時の苦痛は今実
力として昇華されたのだろう思う。名誉の負傷だ、と東上は西武池袋に伝えたかった。醜いのではなく、むしろ美しい
と。
 東上は布団の中で西武池袋をぎゅっと抱きしめた。そうすることでしか、西武池袋の苦痛を慰めてやれなかった。
 「痛いわ、馬鹿者。」
 それでも腕の中におとなしく収まる西武池袋を、東上はさらに強い力で抱きしめた。







 始発に間に合わせるために早く起きた二人は、まだ薄暗い部屋の中で身支度を始めた。仮眠室の外の事務所には
西武新宿から届いた紙袋があり、その中には西武池袋の制服が入っていた。気の利くことに化粧品も入っている、東
上は西武新宿という男に舌を巻いた。
 つなぎに着替えながら、東上はふと思い出したことを口にした。
 「人間の細胞って6年で全部入れ替わるんだってよ。」
 西武池袋は怪訝な顔をする。
 「だからどうした。」
 「いや?お前の体は今日のことを6年間は知っているんだな、と思ってさ。」
 東上はそれで満足だった。西武池袋はきっと文句をいったり苦悩を抱えたりしながら有楽町の元に戻っていく、自分
のところにはこないとわかっていながら、東上はそれでもいいと思えた。6年間は東上と有楽町は西武池袋を共有する
のだ。それを一方的に知るのは強烈な優越感がある。
 「また、6年以内に来いよ。」
 東上がちゃかしていうと、西武池袋はふんとそっぽを向いた。化粧をするその横顔の美しさに目を奪われた東上はそ
のまま西武池袋を見つめていた。
 昨夜泣いたそぶりも見せぬ、強い西武池袋の姿がそこにあって、東上はほっとした。頼られる満足感を失うのととも
に、お気に入りであるつんと澄ました西武池袋の冷徹な美貌が戻ったことが嬉しかったのだ。
 「俺は、いつものお前がだいっきらいだよ。」
 天邪鬼なことをいうと西武池袋は笑っていた。鼻に付くバカにした笑い方が心地よかった。




























(2010,5,28)