トンネルの隙間から見る青空
副都心→有楽町→西武池袋








 会議はこの上なく退屈だ。だいたいからして副都心が議題にあがるときは必ずといっていいほど責められたし、そうじ
ゃないときはちんぷんかんぷんな話しかされない。
 出されたコーヒーはあっという間に冷めたしお菓子は出されないし、それに地上は何か違う。まして高層ビルなんてゆ
う地上から離れて空に近づくような場所は。
 だから有楽町もちょっとおかしなことを言い出すのだ。
 「西武がうらやましい。」
 有楽町は寂しそうにつぶやく。彼はいつだって自分にはできないことにばかり憧れて、自分にできることを過小評価す
る傾向がある、と副都心は思う。なにをとちくるってあの電場集団をうらやましがるのか、副都心は有楽町の心のうちを
察することもできない。まだうら若い副都心には狂信に恋い焦がれて、でもそこに溺れる勇気と覚悟のない弱者のおど
ろおどろしい欲望と卑屈をしらない。まだ限界をしらない。
 「西武連中の生き方を、俺はマネできないからさ。」
 「そりゃぁ、誰にもできませんよ。」
 「ま、俺とかお前には無理だけど。銀座なんかは似てると思うよ。」
 「そうですか?」
 「人生の中から自分で選びとったたった1つだけに人生を捧げる覚悟。俺にはそうものがない。」
 そんな覚悟に何を羨むのか。なんだって欲しいものは欲しいといえばいいのに、と副都心は思う。
 「先輩には緩衝材としての覚悟ややる気があると思ってましたよ。」
 有楽町は頭と手を同じように横に降った。
 「ないない。あいつらみたいに一個や一人を選ぶ勇気がないから、八方美人になっちゃってんの。」
 「自覚があったんですね。けど、羨ましいですか?僕そう思えませんけど。」
 「・・・そりゃあさ、お前には未来がある。まだまだ利用価値も改善の余地もある。でもなぁ、俺みたいに40年走ると先
が見える。余程のテコ入れがなきゃ変われないし、それには金も人も時間もかかる。」
 「かけてもらえばいいじゃないですか。」
 「お前みたいに、問題だらけの線じゃない・・・それに、40年働くって普通の人なら定年じゃん。そろそろ人と同じ尺度で
生きられる時間が終わる。心は人と同じなのに、俺らは廃線までずーっと走っていく。その壁を超えるときの覚悟がな
いんだ。」
 「先輩は真面目すぎるんですよ〜無駄に長生きなJRさんたちがそんな悩みを抱えてるとは思えないんですけど。」
 「人によりけりだろうけど。その中でも年長組の京浜東北とか東海道はちょっと違うよ。あいつらも、『人を超える瞬間』
があったと思うんだ。」
 外は暗いがまだうす明かり程度にはなるし、湿気の多い空気は地下と違う。僕らは地上に出るとどうもおかしくなる
な、と副都心は本社にくるといつも思う。乗り入れで地上に出るときもそう、うっすらとイライラしたり悲しくなったり怖くな
ったり落ち着かない。
 地下に向かうトンネルの入り口に突っ込むとき、暗闇に向かう恐怖や閉塞感、一瞬のためらいなどなく安堵の中で吸
い込まれ受け止められる。そのときその瞬間、副都心は自分が人ではなく地下鉄なのだと確信する。地下の暗闇と人
口の明かりと狭いトンネル、線路をうごめくねずみですらも愛しい気がする。
 (先輩は思わないのかな?)
 聞こうとしたが、乗り入れ先から自線に戻る瞬間に有楽町が気を緩ませる顔を思い出して副都心はそれ以上言わな
かった。凡人で苦労性の彼はきっと自分のその心に気付いているだろう。
 「西武池袋さんや東上さんは、人を蹴落とさなくちゃ生き残れない時代を、きっとしてはいけないこともたくさんしながら
生きてきたんです。彼らは、人が人を切り捨てる瞬間に慣れている。でも、僕らはそういう時代に求められた路線じゃな
い。彼らに言わせれば新人類です。」
 「その言葉じたい古くなったぞ。」
 「僕らの世代交代は人よりゆっくりじゃないですか。」
 今の時代に求められて今を走る副都心は捨てられる恐怖を知らない。生きるために時代に媚びたことがない。副都
心の躍進で有楽町は自分がもはや時代の寵愛を失いかけていることを知る。いや、丸の内のバイパスを十分に果た
せなかった彼はそもそも愛されていなかったのかもしれない。名の売れないあまたの私鉄同様。有楽町には副都心が
眩しい。
 「ねー先輩。そんなに西武さんを羨ましがるくらいなら、先輩の宝物探しをしましょうよ。」
 有楽町のほの暗い視線は副都心にぞくぞくとした快感を与えた。それは怖いものみたさに、怖いもの知らずの子供が
腰がひけているのも構わず幽霊屋敷に入り込むときのようだ。
 「いつか西武さんたちを先輩の電波っぷりが圧倒する日がくるかもしれませんし。」
 「そこまでは無理だろうなぁー・・・」
 有楽町が机に額をつける。先程のうつうつとした暗さはない。ただ、部屋にはいまも冷たい湿度と灰色の光だけが満
ちている。その中を平気で走れる西武池袋や東上たちは自分たちと本質が違うのだ。もぐらの自分たちにはやはり地
下がよく似合う。
 「帰りましょ。」
 大きな窓の外には高層ビルが広がっている。小雨の日は太陽光が反射しないから眩しくなくていい。
 「僕らの宝物は、きっと地下にあるんですよ。」
 遠回しな告白に当然有楽町は気付かず、それでも緩慢な動作で立ち上がった。副都心は少しイライラしている、有楽
町が少し悩んでいるように。
 「先輩、そんなに西武さんのこと気にして。実は好きなんじゃないですか?」
 イライラしてるから聞いただけだった。副都心は「そんなわけあるか!」と有楽町がいつものように叱ってくるのを待っ
ていたのだ。けれど、予想に反して有楽町は中腰のまま固まり、まばたきを3回した。
 「・・・・・・そっか。そういうことか。」
 有楽町は呟くとカバンをもち、副都心に先だって部屋をでた。
 「置いていくぞ。」
 姿の見えない有楽町は副都心のためにドアを押さえている。後輩に優しいいつもの先輩にイライラする。そしてそれ
以上に。
 「ねーせんぱーい。僕も西武さんがうらやましいです。」
 副都心はいつもの人をバカにした口調で有楽町にからむけれど、有楽町から見せないように無表情になる。
 (人の宝物まで手に入れるなんて)
 だから早く地下に帰らないと.



 太陽と青空の色をしたあの人が来ない僕たちだけの世界に。





































(2010.2.10)
閉じ込めたいわけじゃないんだけど、先輩に一緒に地下にいて欲しい副都心です。
どちらかというと家族愛。