※性描写有

有楽町×西武池袋、東上×西武池袋
夏の途中








 有楽町にとって、西武池袋の華奢ながら大きな背中は遠く手の届かないものだった。若輩者の自分では無理だと思
っていたけれど、長いことしっかり(西武池袋が聞いたらその程度で?などと嘲笑されそうだけれど)働いてきたし、ちょ
っとくらい成長したってみてくれないかな、と思ったのだ。
 小心者の有楽町は「付き合って下さい!」と勢いよくいうことが出来ずに、余計な枕詞をつけてようやく西武池袋に告
白することができた。
 「一夏だけお付き合いして下さい!」
 「バカか。」
 有楽町の一世一代の告白はいともあっさりと断られた。
 「・・・そうか・・・そうだよな・・・。」
 今から飛び降ります、といった風情でふらふらと去ろうとする有楽町の後姿を見て、西武池袋は少し悪いことをした気
になった。西武池袋には有楽町の恋人になれない理由があって、他路線は大概それを知っているのだけれどまだ若い
有楽町はまだ誰からもその話を聞いたことがなかったのだろう。以外と口が堅い営団の連中を見直し、いやむしろ口
が軽くて触れ回ってくれたほうが楽だったのかと思い直す。変なところで律儀な連中だと思った。
 「おい、ちょっと待て。」
 「・・・はい。」
 はぁ、とため息をつく有楽町の肩を掴んで西武池袋が彼の目をじっとみると、それだけで有楽町は顔を赤らめた。そ
んな初々しい反応に西武池袋の方が照れてしまう。
 「一夏といったな?」
 「・・・うん、いったけど・・・」
 「一夏だけだぞ。セックスなしでもいいならな。」
 我ながらどうかと思う提案だ、と西武池袋は口にしてから後悔したのだが、それに反して有楽町はぱぁと顔を輝かせ
た。
 「本当に!?」
 「ああ。一夏だけだからな。熱帯夜が終わったらもう夏じゃないぞ。」
 もう熱帯夜が始まったからいくら暑い東京といってももうそう長い期間ではないけれど、それでもすごく嬉しいと有楽町
はいつもの落ち着いた彼らしくないほどはしゃいだ。
 有楽町と付き合う、というより有楽町に付き合うといった程度の話だけれど、西武池袋はある男を想像して少しはあて
つけになるだろうかと想像した。だいっきらいな男が少しでも嫉妬を感じてくれるか考えたのだった。
 夏休みに入った小学生の歓声が聞こえる駅のホームで、二人の奇妙な夏が始まった。










 八高が越生を連れてでかけた日、西武池袋は上裸でぼんやりしていた。ビールと灰皿が似合う昼下がりは蝉の声が
うるさい。
 「お前、最近若い男と出歩いてたって?」
 さやえんどうのひげをとっていた東上の急な言葉に西武池袋は密かに息を呑んだ。西武池袋を憎むこの男が有楽町
との付き合いのことを耳に入れていたことが嬉しかった。それを悟られたくは無いので東上に興味がないように有楽町
を持ち上げようとする。
 「あぁ。可愛かったよ。」
 「ふうん。」
 東上と西武池袋は付き合っている、と少なくとも西武池袋は思っている。
 肌が触れあう機会は随分長いことないが、こうして一緒に過ごすときが月に一度はある。それに、付き合おうと同意し
てから別れ話が出たことがないのだから、継続中なのだろう。
 「いいけど、あんまり酷いことするなよ。」
 今度はもやしの盛られた皿を取りだして根をとる東上を見ながら、西武池袋はうちも今日はもやしを使おうと思った。
それなら早めにスーパーに行かないと売り切れてしまう、まだ昼過ぎなので時間はあるがあまりだらだらしてはいけな
い。
 西武池袋が夕飯の支度を考えているなんて思わない東上は、小さな声で然り気無さを装いつつぽつりと口にする。
 「……あいつ、最近元気ないから。」
 なんとなくかちんときた西武池袋は灰皿にまだ残っているタバコを押し付けた。なんで東上がそこで有楽町の心配を
するのか。ずっと嫉妬を見せない東上に苛々した。
 「ならお前が奴を慰めればよかろう!」
 思わず大きな声が出てしまったことに驚くが、ひくにひけない西武池袋は東上を睨みつける。イライラするのだ、自分
の執着してくれない男に。
 「私はお前の何なのだ!」
 勢いに乗って今まで長いこと聞きたくても聞けなかったことが口から滑りでた。たった一言で今の関係を崩してしまう
から言えなかった言葉を、何も考えずに勢いだけで言ってしまったことを西武池袋はすぐに後悔した。
 「・・・なんでもない!今のはきかなかったことしろ!」
 上裸でそんなこといってもね、と自分でわかっているけれど、どうにか足掻きたくて西武池袋はその後も言葉にならな
い声を出し続ける。それを破ったのは、いつも通りの雰囲気で、でも西武池袋を見ていた淡々とした東上だった。
 「恋人だろ?」
 西武池袋が凍りつく。そんなあっさりと欲しかった答えがもらえるのならばもっと早く聞けばよかったとその場にへたり
こんだ。
 「俺こそお前のなんなんだよ。」
 今それを聞くのかと西武池袋は東上を睨むが、東上は表情を変えずに西武池袋を見ている。東上はそんな男だった
だろうか、西武池袋が知っている限り少し違う気がした。
 「・・・恋人だろう。」
 「そうか。」
 東上はそれだけ言うとまたもやしに視線を戻して作業を始めた。拍子抜けした西武池袋は一息ついてからいつもの
調子を取り戻そうと新しいタバコに火をつける。越生のために家の中では吸わずいつものように縁側で吸う。
 「恋人だってんなら、よその男に手出されんなよ。」
 東上はもやしから顔を上げない。西武池袋も、耳まで真っ赤になっているであろう自分が恥ずかしくて縁側の雑草に
目をやった。きっと東上も赤くなっているだろう、振り向いてお互い笑っても良かったのだけれど、西武池袋はそうしな
かった。二人で目線をそらして、全身が茹りそうなもどかしい、幸福のようななんというか心を満たす感情に身をゆだね
ているほうが自分達らしいと思ったのだ。





 抱かれたのは何年ぶりだっただろうか。前のときは平成だったと思うが果たして2000年を過ぎていただろうか。
 (久しぶりすぎて、やり方も忘れてた。)
 昔はもっといろいろテクニックもあったと思ったんだけどなぁお互い、と西武池袋はだるい体で天井を見ながら思う。
離れていないと暑くてたまらないから、事後だというのに離れて転がる。先ほどまで久方ぶりに触れた他人の肌と欲望
は西武池袋を充実させていた。
 「あ〜、のど渇いた。水持ってくる。」
 「ついでにビールも。」
 「はいはい。」
 冷蔵庫で冷えているビールは西武池袋が自分で買って持ってきたものだ。普段西武有楽町の前で良き保護者を演じ
る西武池袋は家で酒もタバコもやらない。西武有楽町のためを思えば当然であり疑問もないのだが、時折は悪いこと
をしたくなるもので、そういうとき西武池袋は東上の家にビールを持参した。
 外はまだ明るい。西武池袋は西武有楽町達のために夕食を作らなくてはいけないから早く家に帰るべきなのだが、
体が思うように動かない。もっと、もう一度この家で東上を確かめたいと素直に求める体に西武池袋は逆らえなかっ
た。じんじんと熱を増す体に、珍しく理性が敗北している。
 「ほら、ビール。」
 「ああ。」
 缶をぷしっ、とあければ泡が溢れそうになったので慌てて口をつける。冷たいビールは苦くて冷たくて美味しいのに体
の内部を冷やさない。
 「お前、今晩どうするんだ?」
 布団から出てちゃぶ台に水を置き、あぐらをかいて座る東上はいつもと同じようだが少し声が上ずっている。長くて深
い付き合いだからこそわかる機微に、西武池袋は極上の笑顔を返す。
 「どうしたい?」
 余裕はないのに東上からどうしても求められたい西武池袋は、わざと答えを出さずに東上からの答えを求める。
 「・・・泊まっていけよ。」
 あからさまに欲情を含んだ濡れた声が西武池袋を誘う。西武池袋は嬉しくて、布団から這い出て東上の股間に顔をう
ずめた。
 「そんなことしなくていいって!」
 頭を押さえて離そうとする東上の手を振り払って、西武池袋はべろりと舐めた。
 「黙っていろ。」
 西武池袋の舌と口内は熱くて湿っていて、肛門の粘膜を思い出させる。すぐに勃起してしまう性器にせめて射精はせ
ぬよう叱咤激励しつつ、東上は目を瞑って上を向いた。





 有楽町を心配する顔をして裏切る東上を嗤い、そんな東上に耽って有楽町を忘れる自分を西武池袋は忘れた。
まだ夏は終わっていないのに。


























(2010.3.7 小説も中途半端に終わります。)