年下の男

副都心×西武池袋
一部性描写有









 その日、西武池袋の帰宅は遅く、終電一本前だったので玄関に鍵を差し込んだときには0時を過ぎていた。
 (疲れた・・・)
 明日は休みだから今日のうちに事務仕事を終わらせておこうと気合いを入れすぎたのが仇になった。しかし、これで
来週は少し早く帰れるかもしれないと西武池袋はもう一度腕時計をみる。遅くなると疲れるけれど妙な達成感があっ
た。
 そして、西武池袋の腕には彼には不釣り合いな花束が抱えられている。カンパニーカラーの青でまとめた花束を西武
池袋は疲れた勢いで買ったのだが、思いのほか気に入って大事に抱えて帰ってきたのだ。数日しかもたないわりには
割高な買い物だが、殺風景な部屋に華があると思うと楽しくなった。甘いいい香りのする花束の匂いで目覚める朝は、
乙女趣味だが悪くないと西武池袋は足取り軽く玄関にカギを差し込む。
 ドアを開けると真っ暗で寒い部屋が待っているはずだったが、玄関には明かりがつき部屋からはテレビの音が聞こえ
る。
 (来ているのか。)
 西武池袋は疲れていた。早くシャワーを浴びて眠りたい。自分だけ重力が強くかかっているんじゃないかと思うくらい
だるい体をひきづって家のなかに入った。ガチャンと鍵をおろして、室内にいる人と西武池袋を部屋に閉じ込める。
 「おい、副都心。」
 「おかえりなさい。遅かったですね。」
 テレビを見ながらビールを飲んでいた副都心が首だけ曲げて西武池袋を見る。西武池袋はコートを脱いでコートをハ
ンガーにかけつつ副都心の恐ろしく整った顔を見た。これほどのいい男ならば家に勝手に上がっていても文句はない
な、と思うのだ。もっとも、良いのは顔くらいのものなのだけれど。
 「綺麗な花束ですね〜頂き物ですか?」
 「いや、自分で買ったんだ。」
 副都心は不思議そうに目を大きく丸めたが、いいたいことがわかっている西武池袋は見て見ぬふりをした。
 「シャワー浴びるか?」
 「もうお借りしました。お風呂にお湯ためてあるんでどうぞ。僕は花を花瓶に入れておきますよ。」
 よく見ればテーブルにはそれなりにきれいに盛られた料理と何も入っていないグラスも2つ並んでいた。そこに花を飾
ったらちょうど良さそうだと、西武池袋は衝動買いにしては奇妙なほどそろう何かに頷いた。今夜はいい日だと。
 「そうだな、先に風呂に入ってくる。」
 副都心に花束を渡す、副都心は花すら似合う男だった。そんな男が家にいることが誇らしい。疲れて面倒だと家に入
る前には思っても、会ってしまえばその美貌に屈服するしかないのだ。
 髪を洗い、風呂に浸かっていると風呂場のドアが開き全裸の副都心が入ってきた。
 「一緒に入っていいですか?」
 濡れた髪をタオルでまとめて両目を見せている西武池袋は黒い両目で手招きをした。
 「先に入ったんじゃなかったのか?」
 「シャワーを浴びただけですよ。一番風呂はあなたに使って欲しいですもん。」
 ユニットバスではないがそれなりに狭い一人住まいのマンションのバスルームで大の男二人が戯れる。副都心は後ろ
から西武池袋を抱き抱えるようにして入った。彼の両目に映ってしまわないように、副都心の気遣いだ。
 「今日の入浴剤、いい香りでしょ。ダイヤを返した代わりにちょっといってみたんです。」
 乳白色のお湯は幸せそのもののようだった。浸かった手の先が見えない。水に薄められても褪せない甘い香りがバ
スルームを満たしていく。
 「良いな。」
 副都心にもたれかかって西武池袋は深く息を吐いた。体中をステキな匂いで満たしたかったのだ。甘い匂いは西武
池袋を内側から溶かしていくようだった。


 副都心が作った夕食を食べながら、西武池袋はどうしようもないほど幸せだった。会長以外の男がもたらせる幸せで
は最上級でかもしれない。
 「お口に合います?」
 「あぁ。」
 もくもくと口を動かす西武池袋を嬉しそうに見る副都心の視線が心地好く痛い、西武池袋は時折副都心のグラスにも
ビールをついでやった。


 食事が終われば二人並んで歯磨きをし、一緒にベッドに入った。布団はふかふかで、二人で入っても少し余裕があ
る。副都心は西武池袋を抱き寄せながら、無理なく行為に流していった。唇同士が触れ合うのも、指を絡めて手を握ら
れるのも、副都心は自然に西武池袋を溶かしていった。
 気付けば服を全て脱がされ一糸まとわぬ姿になった頃には、西武池袋はもう副都心以外のことは考えられなくて羞恥
心もかなぐりすてて副都心にすがった。
 たからかにあげる嬌声を思い出して恥ずかしくなったことなど数え切れないのに、情事の真っ最中の西武池袋は忘れ
てしまう。与えられる快楽が嬉しい、楽しい。何一つ取りこぼさないように、西武池袋は副都心を求めた。
 肺から空気がなくなってしまうほど声を上げて、勢いよく空気を吸い込んだ西武池袋は甘い香りを感じた、青い花の、
甘ったるい匂い。脳髄まで溶かすようないい匂いだった。


 はぁはぁ、ともれる息が部屋を満たす。それは副都心の息であって、副都心の下で突かれるままに横たわっていた西
武池袋は、既に達した今息切れの声を漏らすほど疲れてはいない。
 西武池袋は副都心の美しい顔を見上げていた。縋りつきたくなってしまう程整った顔を、誰よりも愛している自信があ
る。
 手招きすると、副都心は西武池袋に覆いかぶさり、唇に軽くキスした。
 「さようなら。」
 果てたばかりの副都心に西武池袋が告げると、副都心は普段めったに見せない爽やかな笑顔を見せて部屋を出て
いった。向こうの部屋で服を着る音が聞こえて、それから玄関が開いて閉じる音が聞こえた。
 副都心は西武池袋の気まぐれだと思って部屋を出たのかもしれない。けれど、西武池袋は部屋の鍵を変えるつもり
だった。副都心の合鍵を使えなくして、部屋から追い出してしまうのだ。
 寝返りを打ったとき、腹の中に副都心の精を感じて西武池袋は幸せになった。そして、淡く漂う花の匂いを吸い込み
ながら、ああこれでもうこの幸せを失う恐怖を感じることはないと安堵したのだった。

























(2010年3月28日)