珍しく他社路線に乗る用事ができた西武池袋は新橋へ行くのに山手線に乗った。改札にいってみたら山手は別の駅 にいるからと不在で、軽い挨拶の言付けを駅員に頼むと西武池袋は山手線のホームへ階段であがる。いつもの自分 の路線と違う光景は見慣れないから珍しい。昼間だから空いている車内で座り、西武池袋はぼんやりと考え事をしてい た。昔も山手に乗せてもらって商売をしていたなぁと思い返す。生きるためにしていた、覚悟も決めていた。だから西武 池袋はそれを嫌な記憶だからと振り払うことはない。ただぼんやりと思い出すことを新橋に到着するまでの時間つぶし とした。 この一週間で寝た男、この一ヶ月で寝た男、大昔の客で印象に残っている男。西武池袋はいろんな男を知っている が、その誰にも執着していなかった。最後に会長のお顔を思い出して、西武池袋は胸が幸福で熱くなった。 会長と西武池袋はそういう関係ではない、だからこそ西武池袋は会長に執着して崇拝していられた。会長にお声をか けて頂いたある日のことを思い出しながら、西武池袋は新橋駅を降りて目的の会社に向かった。ごくごく普通の仕事で ある、昔のように体を売るでもなくただの商談で。それでも西武池袋は新橋に降り立ったとき体が一瞬こわばるのを感 じ、それを恥じて気付かないふりをした。 商談はそんなに難しいものではなかったので顔合わせ程度で終り、コーヒーでも飲んでから帰ろうかなと西武池袋が 久しぶりの新橋をうろうろしていると、女でも目を奪われる美少女が現れて西武池袋の前に立った。西武池袋はその美 少女に覚えがあるのだけれど急には思い出せない。なんと挨拶をかけるべきか考えあぐねた一瞬の間に、美少女の 大きな声が繰り出された。 「やっすい女!」 いきなりのとんでもない台詞に西武池袋は周囲をくるくると見回す。自分に言われているとはわかっているのだが、回 りの人間が注目しないか不安だったのだ。 水色の独特なカラーリングなのに、通り縋る人々は美少女に好奇の目を向けない。一瞬考えてから縁遠いその路線の 名前を思い出した。その独特の風貌に隠された性別の噂も。 「そうだ、ゆりかもめといったな。」 西武池袋は動揺を隠すために一度つばを飲み込んだ。こういうとき、襟の高いコートは緊張を見られなくて便利だ。 「確かに、私の初乗り運賃は貴様より大分安いが、貴様の値段の方がどうかと思うぞ。」 西武池袋よりもずっと小柄なゆりかもめは西武池袋を見上げながら頬を膨らませる。 「そうじゃなくてよ、ヤリマンってこっちにまで聞こえてんぞ?」 ミニスカートから伸びる若々しいしなやかで華奢な足に目を奪われながら西武池袋は若くて可愛いこの美少女の口か らそんな言葉がいきなり出てきたことにびっくりした。 そもそも今までだって開業時に挨拶したことがある程度で、もし新橋で顔をみたところで挨拶すら交わす必要の低い 相手だ。互いに気付かなかったふりをすれば面倒な世間話すらする必要がないというのに、この美少女はなんていうこ とをいうのだと西武池袋は呆れ果てた。だが、その自分への評価は別段西武池袋を貶めるものでもなんでもない、他 者からみた自分を冷静に分析するだけの理性をもって西武池袋は常に行動している。 「それは事実だから否定すまいよ。」 ひょうひょうと西武池袋は答えた。全く、男は女の純潔性を何だと思っているのだろう。そろそろ一世紀を迎えるし、金 のために体を売っていた昔からしてみたら、いまはお金を取らずに相手を選ぶ贅沢をしているというのに。 「そうじゃなくってだなぁ・・・」 ゆりかもめはいらいらとブーツの先で地面を蹴った。そんな乱雑な動きも愛らしく見えるのだから、その顔はすごいなぁ と西武池袋は素直に感嘆する。 「・・・あーもうめんどくせえ、いっちまえ!あのなあ、有楽町が心配してたんだよ!」 ゆりかもめの顔に見とれていた西武池袋は意外な名前にびっくりして思わず阿呆のように反復してしまった。 「有楽町が?」 「そ。この俺に向かって愚痴とか漏らしてるから、仕方ねえこのゆりかもめ様が一肌脱いでやるか!と思ったわけ よ。」 西武池袋はあんまりにも信じられず、間をおいて考えてからもう一度確認の意味をこめて問うた。 「あの有楽町が?」 だって、有楽町は他の男と同じように誘ってくるし、酷いことをされたことはないけれど、それなりのプレイをしたことは ある。あまり、彼女とか奥さんに要求するようなプレイではないだろう。だから、心配されるほど大切に考えられているな んて信じられないのだ。 「何べんも言わすな、尻軽女!」 ゆりかもめと西武池袋の口論は雑踏を歩く衆人達には聞こえない。姿も見えない。 愛らしい美少女が冷徹な美女を、まくしたてるように罵り続ける世にも奇妙な光景は誰か他の路線が通りかからない 限り止めて貰えない。ゆりかもめの言葉をごもっともだと思いながら、西武池袋は誰かこの場をさえぎってくれる路線が 通りかかるのをちらりちらりと目端で探した。出来れば人間関係に長けた銀座がいいが、都営でも、東海道本線や京 浜東北、山手といった国鉄連中でもいい、とにかく誰でもいいから来い!と若干命令気味に祈ったのだが、こういうとき に限って改札の外には誰もこない。 (はぁ・・・珍しい場所に来たからこういうことになるのか。厄日だ、厄日。) キャンキャンと子犬がほえるようにゆりかもめは西武池袋を罵りまくしたてるのだが、他人とのコミュニケーションが苦 手な西武池袋はそういうときどうしたらいいのかよくわからない。西武池袋が知っているコミュニケーションは数が少なく て、そのうえ意のままに行えるものといったら一つしかなくて。 これ以上面倒で不毛な話を聞かされたくなかった西武池袋は、どうしようもないことを口にした。 「私から誘うことなど滅多にないのだがな。どうだ、ゆりかもめ、この後時間はあるか?」 腕を組んで西武池袋を責め立てていたゆりかもめは一瞬あんぐりと口を開けて呆れ果てた顔をした。それからちょっ と悩んだ。その顔は憂いを帯びた美少女の絵画のようで、西武池袋は一瞬見とれてしまった。けれど、ゆりかもめは美 少女ならいわないことをいう。 「ま、ラッシュまでならな。」 ゆりかもめの返事に西武池袋はほっとした。これでどうとでもなる。最近ご無沙汰だったし調度いい。だから口の滑り が若干良くなった。 「当たり前だ、貴様のラッシュと私のラッシュ、比べ物になるはずもなかろう。」 ふふんと笑う西武池袋の横顔はゆりかもめほどではないにしろ整っている。自分の方がずっと美形で若くて車体も綺 麗で設備も最先端なのに、目の前の女にはどこか勝てない気がしてゆりかもめは空恐ろしさを一瞬感じたが、引くのも 嫌で誘いに乗った。あんまり物事に執着しない有楽町が好意を払う相手というのも気になったのだ。それが有楽町を裏 切る結果になったとしても、どうせどこの路線も同じようなことをしているのだから問題あるまいよ、と気軽に考えたのだ った。 「髪は一つにまとめないか?なんだかなぁ・・・少女を犯しているような微妙な気持ちになるんだ・・・。」 それはごもっとも、と思ったゆりかもめは二つにくくる髪留めを取り、長い髪をポニーテールのように高めの位置で一 つわっかを作って束ねた。こうすれば邪魔にならないし、汗をかいて肌に張り付くことも無い。 「そうしても、せいぜい少年にしか見えないのだな。」 「しょうがねえだろ、美少女体型なんだからよ。」 「年端もいかぬ少年と私のような年増の女という組み合わせは昔からよくある話だと思うが、これほど年齢差があると 面白いな。」 バスローブの隙間からのぞく西武池袋がさらした肌は真っ白で決め細やかで傷だらけで美しかった。ゆりかもめのも つ決め細やかさやさらさらとした若さはなかったが、吸いつきの良さそうな肌だった。 「少女のようなナリのわりには立派なものをもってるじゃないか。」 ゆりかもめの性器をなめあげながら西武池袋は笑う。上半身は二次成長前の少女のようにしか見えないのに、下半 身は立派な成人男性のソレだ。ゆりかもめの実情に詳しくない西武池袋は万が一本当に少女だったときにはどうしよう かと思っていたのだが、想像が的中しなくてほっとした。相手が女性だからといってまったく行為に及べないかというと そういうわけではないのだが、それではどちらがどちらの立場かはっきりさせないと始めにくい。そんな面倒で興の削が れる話し合いは勘弁したいと思った程度だ。 「うるっせぇ、どんなんだってくわえこむんだろ?」 そういうわけでもないけどなぁ、と思いつつ、西武池袋は断った相手がいないことを思い出してやっぱりそういうことに なるのかなぁ、本当にいやなら断るつもりなんだけど、と頭を押さえつけられながら考えた。咽喉の奥までくわえるとオェ っとくるが男が喜ぶので少し我慢する。ここでなるべく手間を惜しまなければその後の挿入時間が楽しいものになると 西武池袋は経験的に知っていた。先に餌を与えたほうが男は元気に腰を振るのだ。 「あっ、やっ、ゆりかもめ・・いいっ・・・あ!」 少し乱暴に突き上げれば西武池袋はシーツの端をゆりかもめの名前を呼んで、シーツの端をぎゅっと握りながら背 中をさらに逸らした。 西武池袋の内壁はゆりかもめをきつくしめつける。うねるような内部はゆりかもめから精液を搾り取るように官能的に 蠢いて今にもイかされてしまいそうだったが、ゆりかもめは気をそらしながらそれに耐えた。西武池袋は普段の高圧的 な態度を微塵も感じさせない姿でゆりかもめだけを求めている。この一瞬に有楽町は溺れてしまったんだろうな、とゆり かもめは有楽町に同情した。自分だって今引きずりかけている、この快感を一分一秒でも長く味わっていたいと思わず にいられない。 シャワーを浴びた西武池袋は全裸でゆりかもめの横に転がった。細身だが女性らしい丸みのあるラインをした体をゆ りかもめが抱き寄せると、西武池袋は軽くすりよる。ゆりかもめはその仕草が愛おしいと感じてぎゅっと抱きしめた。備 え付けのシャンプーの安っぽい匂いがして、それが自分と同じにおいでゆりかもめはくらくらする。まだ若い彼はこんな 関係に慣れていない。 西武池袋はそんなゆりかもめに気付かないふりをして全く関係のない話を振った。その目はもうゆりかもめを見てい ない。 「帰りに有楽町に声をかけてみるよ。ラッシュ前に話してやると頑張るしな。」 そこまでわかっているならもっと構ってやれよ、と思ったがゆりかもめは返事をしなかった。ミイラ取りがミイラになった 今、有楽町のことを気遣ってやる余裕はないのだ。今は疲れてもう一発といかないけれど、今日の夜とか、明日とか、 体が回復したらすぐにでも隣にいる女を抱きたい。その欲求が全身から出ていて押さえようがない。 「このまま、お前を監禁しちまおうかなー・・・。」 独占欲にかられてゆりかもめはつぶやく、ラッシュのこととか全部忘れて、明日も明後日も好きなときに抱けるよう に。 「大体みんなそういう。」 西武池袋はつまらなさそうに答えた。西武池袋は何よりも自由を愛しているのだ、誰と寝るのも、誰といるのも自由。 それは、会長のおかげで体を売らなくてすむようになってから西武池袋が手に入れた特権だ。誰にも渡してやるつもり は無い。 「それに、そういうことをいう奴は私のことを愛しちゃいないんだ。」 西武池袋は寂しそうに笑ってゆりかもめの頭を撫でた。何十年も先輩から子供のように撫でられて、ゆりかもめは大 人しくその手に撫でられてやった。この女はゆりかもめにも有楽町にも届かないし理解することもできない、ずっと遠く にいる存在なのだと納得して、もうそれ以上罵声を浴びせることも好意を囁くことも止めたのだった。 (2010.8.15) |