副都心はありったけの思いを込めた小さな低い声で、けれどしっかりと西武池袋の目を見て言った。 「僕の方が先輩のこと好きです。」 西武池袋に動じた様子はない。ただ、いつもと同じようにちょっと不機嫌に眉を顰めるだけだ。いつもと同じ仕草が副 都心の癪に障る。副都心は今、生まれてからずっと腹に抱え続けたものを吐き出し、一世一代の大勝負の最中にいる のに西武池袋は日常の中にいる。そんなことは許せない、西武池袋をこの苦痛の渦の中に引きずり出してやりたい。 「あなたは先輩とひとつだったことないでしょう?!」 西武池袋に自分の気持ちを少しでも知らせたいと、取り付かれたように副都心は熱く訴えた。西武池袋にはわかるは ずのない話を。 「僕らはひとつだったのに!たまたま二つに分かれただけで!丸の内さんの支線のように、いつまでも一つでいられ たかもしれないのに!」 空気を裂くように悲痛な声で副都心は叫んだけれど、西武池袋は全く感情を乱さず表情も変えず、淡々と副都心を見 つめていた。営団特有の事情なんて、生き死にをかけて毎日を走る私鉄に、まして西武池袋に伝わるはずもない。 「可愛いなぁ、副都心。いつものお前らしくなく嫉妬で取り乱して。」 口元に添えられた西武池袋の指は妖艶さを倍増させる。その細い指と薄い唇で有楽町のモノをしごいてくわえたのか と思うと副都心は腹立たしくて仕方ない。副都心がまだ新線だった頃の有楽町を奪ったのはこの男なのだと思うと、降 り上がりそうになる拳を抑えることに必死だ。 「お前達は同じ一つのものだった。それを営団が営団と国の都合で二つに別けた。それは哀れなことだ。」 うんうん、と西武池袋はわざとらしくうなずき、あざとく小首を傾げる。そうすると左目を隠す前髪がはらりと分かれて隠 れた片目の輪郭が見えた。金色の目を飾る黒い長いまつげのふちどりがやけにはっきりと見える。 「ならば、もし今二つが一つに戻ったら?」 副都心が面食らう。あり得ない未来。 「過去に『もしも』はないとよく言うが、未来にもしもはあり得よう。ならば貴様らが一つに戻ったらどうなるのか。」 「私はお前が紙袋を被る前の幼い姿を覚えているよ。有楽町と同じように前髪を真ん中で分けて、まるで年の離れた 双子のようだった。」 「せめて兄弟とかいいませんか。」 「兄弟というには似すぎていたよ。自分でいったことを忘れたのか、あの頃お前たちは一つの存在だったのだから。」 「二つに分かれてお前は自我を持ち、離れてしまった本体を強烈に恋しがった。本体の方は離れてしまって寂しくて悲 しくて埋め合わせる別のものを探して見つけてしまった。」 西武池袋を問い詰め、別れさせるつもりで挑んだ副都心は既にすっかり西武池袋に飲み込まれてしまった。西武池 袋は伊達に一世紀近く生きていない、開業してたった2年の幼い路線に丸め込まれるはずもない。手のひらで軽く転が せる童を相手に、西武池袋は自分も思いの丈を吐露する。簡単に操れる自信があるからこそ、西武池袋は自由に思う がままを口にする。 「可愛いなぁ、副都心。今改めて気付いたよ。お前たち二人に出会った日、私は有楽町に恋をした。でも、お前たちは 一つのものだった。」 西武池袋の、整っているだけでなく色気まで備えた誘惑に抗えるほど副都心は大人でない。自分の意思で動いてい るつもりで、西武池袋の思う通りに動かされる。 「私はお前のことも愛しているのかな。」 確認するように問うように、重ねられた唇は冷たかった。 (2010.7.20) |