山手×西武池袋
西武池袋のみ女体化

セ ン チ メ ン タ ル






 誘われて断ったことはない。
 ヤリマンなんて言葉が使われはじめたのは最近だが、自分のことをさして間違っていないのだと思う。ナンパはもしも
何かあって明日走れなかったら困るから避けるが、仕事の重要性を知っている相手ならば断らない。一般的には知ら
ない相手の方が気楽に関係を持てるというから、これはある種奇妙なことなのだろう、おかげで社内も含め関東近郊の
路線とは大概関係を持ってしまった。
 「なんで自分を大切にしないの?」
そう、生まれたばかりの他社の新線に聞かれたことがある。そいつは私を誘ってこなかったから寝たことはないのだ
が、噂話を耳にしたらしい。
 けったいなことに、嫌味でも心配するでもなく、ただ興味があるからといった体で聞いてきたので、その質問を素直に
受け止め自問自答を始めてみた。
 【なんで男と寝るのでしょうね。なんでやめられないんでしょうね。】
 そうか、やめられないのか?そもそも受身なのか?誘われたらついていくのは受身のように思えるが性欲がないわけ
ではないので、男達から誘いがなければ自分から誘っていたのかもしれない。それは恵まれた美貌と肉体の為せる技
だなぁと自画自賛したりした。
 たまたま女性形をした路線が関東近郊にいないので、露骨な嫌悪感を示されたことがないが、男性路線から「汚い」
といわれたこともある。そういう男に限って私を誘うのだから男の考えていることはよくわからない。
 この考え事は一生をかけた難題なのですぐに答えを出す必要はなかった。そのとき無邪気に質問してきた新線は、
今ではもう立派な名前を受けてそれなりの年月をそれなりに走っている。それほど長い間、飽きもせず楽しくも無い命
題を考えてきたのだ、それなりにM性でも持っているのかそれとも学者肌なのか、なんて悩みながらそろそろ昼休憩の
時間をさす腕時計を確認して西武池袋は改札を出た。
 「昼食を食べてくるから、何かあったら携帯に連絡をくれ。ああ、山手と会うからもしかしたら遅くなるかもしれない。」
 わざわざ言わなくてもわかっていると思うのだが、何かあれば昼休憩の時間はずれ込むし、さらに立て込めば休憩ど
ころではなくなる。打ち合わせを兼ねた昼食会があれば戻りが遅くなるので、西武池袋は何のことはない休憩でも必ず
改札係に一声かけるようにしていた。
 「かしこまりました。いってらっしゃいませ。」
 入ったばかりの女性社員が頬を染めて答える。女ですらときめく美貌であることを西武池袋は女性社員が増えてきた
最近ようやく知った。望めばどんな男でもひれ伏す程度には美人であることを昔から知っていたが、女も誑かすとは、
生活態度といい物腰口調といい顔立ちといい清楚からは程遠いのに不思議なものだと思った。
 西武池袋はずっと女という生き物を恐れてきたし、男社会の鉄道業界では、乗客を除けばあまり女性と接することが
なかった。女とは案外怖い生き物ではないのだなと見直し、西武池袋は女性社員に軽く微笑み返す。そうすると、女性
社員は恥ずかしそうに喜んで会釈した。
 今日の昼食は山手と食べることになっていた。山手は律儀に西武口で待っていて、西武池袋を満足させた。何も言わ
なくとも西武池袋の思うがままに動いてくれなくては、西武池袋が無償で体を提供してやる価値はない。
 西武池袋は金のかからない女ではなかったが、金のかかる女ではなかった。手のかからない女ではないが、手のか
かる女でもない。相反する説明だが、ホテル代と食事代以外男に出させないし、プレゼント一つ要求したことはなかっ
た。誕生日になればそれなりにプレゼントが届くが、西武池袋はきちんと返礼をした。かといって相手の誕生日にプレ
ゼントを渡すわけではない。男からしたら全く面倒のない女だった。
 今日も西武池袋は山手に連れられてメトロポリタンホテルに赴く。これから始まることはそれなりに楽しいし、悪くな
い。山手はヘタでないし、西武池袋を丁寧に扱うからわりと好きだ。シャワーを浴びて一戦交えてルームサービスで昼
食を取れば休憩時間の終わりで、慌しいと思うのだが山手は昼間を好んだ。夜は眠りたいとか、そんな理由だろうなと
思って西武池袋は深く考えたことはない。そういう性癖だといってしまえばそれまでだし、日中のこの時間、自分達が呼
び戻されることはそう滅多にないのだから。
 
 (もしかしたら、山手には夜を一緒に過ごす本命の相手がいるのかな。)
 そうちらりとよぎったが、明日の朝食の卵を目玉焼きにするか卵焼きにするかくらいの重要性だったので、西武池袋
はあまり気にしなかった。第一、西武池袋には今晩を過ごす別の相手がいるのである。
 メトロポリタンに挨拶してから帰るという山手を置いて西武池袋は先に部屋を出た。カーペットの上をヒールのある靴
で歩く。構内で業務を行うときはローヒールの歩きやすい靴を履くが、外出するときは、色っぽい用事ではなくともヒール
の高めの靴に履き替えることにしていた。
 『女であること』
 それは西武池袋がこの界隈の路線で唯一持つ強力な武器だ。西武池袋が生まれたときに、会長ではないどこかの
神様か何かが戯れに下さった武器を、西武池袋は愛していた。




















(2010.9.9)