有楽町×西武池袋
おちも幸せもないお話なので、心の広い方だけどうぞ


つ が い











 有楽町と西武池袋は結婚してもう15年たつ。有楽町と西武池袋の関係は家族として良好であったけれども、夫婦とし
ては冷え切っていた。
 「夏休みはどうする?」
 「今年は海に行こうか、去年は山に行ったしな。」
 仕事が終わって有楽町も寝てから二人はビールを片手に会話をしているが、二人が夜に会話をすることは珍しい。
同業者だけについ仕事の話をしてしまう上に、有楽町と西武池袋の間には経験の壁と会社の規模の差といった、二人
にはどうしようもない問題が立ちはだかっていて口論になってしまうことも多々あったので自然口数は少なくなり、西武
有楽町のことくらいしか安心して話せることはなかった。それすら、教育方針の話になるともめるので、それは西武に一
任することにして有楽町は全く口を挟まないようになっていった。
 「ならば、西武観光にいってチケットを手配させよう。関東近郊は誰かにあうと嫌だから日本海側にするぞ。」
 「いいよ、場所はお任せする。日程はどうしようか。」
 「3連休くらいは取れるだろう。西武秩父と西武新宿に頼んでおく。貴様は大丈夫なのか?あの遅延路線に仕事を託
して。」
 「うーん・・・大丈夫だと思うんだけどね。」
 「は、だから営団様は。」
 西武池袋は有楽町にそんなことをいいたいんじゃない。有楽町を心配しているだけなのに、つい可愛くないことをいっ
てしまう。有楽町も西武池袋に悪気があるんじゃないとわかっているけれど、付き合っていた頃のようにそれを可愛いと
思うような時期は終わってしまっていて、経験があるというのならば人付き合いの経験も成長すればいいのにと心の中
で思ってしまう。人間関係に長けていないわけでない西武池袋は有楽町の心の内を読み取り、二人の間の空気はじん
わりと悪くなっていく
 「・・・そろそろ寝ようか。」
 「・・・そうだな。」
 二人は立ち上がり、有楽町は自分の部屋に戻る。西武池袋はグラスと空き缶をキッチンに持っていって流しにつけ
た。朝食の支度の後まとめて食洗機にいれることにして西武池袋も部屋に戻った。
 二人の部屋は別々でもう長いこと一緒に眠ったことはない。よく夫婦にある「いびきに耐えられない」とか「嫁がいきな
り太った」といったことは有楽町と西武池袋の夫婦にはない。二人とも15年前の姿かたちのまま生きているのに時間の
流れにあらがえず、距離がどんどん開いていくのを止められなかった。
 それでもなんとか同じ屋根の下に住んでいるのはひとえに西武有楽町のおかげだった。もしも小さな彼がいなかった
ら有楽町と西武池袋はとうに別々の家に住んでいただろう。彼ら二人は永遠に大きくならない子供を間に挟んで何とか
夫婦関係を続けているが、終りのない閉塞感に耐えられなくなりつつあるのもたしかだった。有楽町は家を出ようかと
思い、西武池袋も西武有楽町を連れて所沢に帰ろうかと考えている。
 西武有楽町は、体は子供でも心は見た目よりもかなり成長しているから、ことさら子供らしく振舞った。自分達のこと
だけで精一杯な二人はそれに気付かないが


 直通の関係で池袋駅にきていた西武秩父は、ここまできたのだから西武有楽町の様子をみてから自分のところに帰
ろうと思い、何の気なしに小竹向原の事務所にいくことにした。途中のコンビニで西武有楽町も好きなアイスクリームを
買い、ビニール袋を振り回し鼻歌を歌いながら軽い足取りで西武有楽町のところへ向かう。いないかもしれないが、そ
れならばアイスだけ冷凍庫に入れて伝言メモを入れておけばいいだけだ。
 西武秩父と一番年が近く、唯一の後輩である西武有楽町のことを西武秩父は他の路線たちはまた違った意味で格
別大切にしていた。
 「おつかれー、西武有楽町いるー?アイス食べようよー。」
 平常運行、快晴。常に温厚だが今日はことさら上機嫌な西武秩父はその気分のまま小竹向原にある西武鉄道の事
務所にはいった。
 中には西武有楽町がいてよかったと思ったが、いつもと違う様子に西武秩父は首を傾げる。そっと顔を背けた西武有
楽町は明らかに涙を拭く仕草をした。
 「・・・」
 西武秩父は息を飲んだ。大人力が試されるな、なんて妙に冷静に思ったり。けれど、やっぱり一番は自分のキャラク
ターにあったことをすることだと思うので。
 「アイス、バニラとチョコがあるけどどっちがいい?」
 いつも通りの西武秩父に西武有楽町は笑いかけてくる。目は赤いけれど笑っているので西武秩父は安心した。
 「西武秩父はどっちがいいですか?」
 「俺はどっちでも。俺の好きな味を二つ買ってきたから。」
 「じゃあ、私はバニラがいいです。」
 「はい、どうぞ。」
 木のスプーンと若干柔らかくなったカップアイスを渡せば西武有楽町は子供のように無邪気に受け取った。西武秩父
もチョコアイスの蓋をあけてスプーンを差し込む。柔らかいアイスに深くスプーンが差し込み、大きな一口をすくって口に
いれれば暑さに合わないほどの甘さが口に広がる。
 (シャーベット系の方がよかったかも。)
 もくもくとスプーンを動かす西武有楽町は勢い良く食べているけれど、いつものようにアイスを喜んでいるようには見受
けられない。
 西武秩父は人がいいけれど、その分他人の領分に足を踏み込まない。明らかに踏み込んできてくれという態度を取
られても鈍感なふりをして見ないふりを決め込む。そういう分野が得意でないからこそなのだが、今西武有楽町を放っ
ておくのは人として大人として最低な気がした。
 「ねぇ、西武有楽町。何かあったの?」
 西武有楽町はスプーンを止めて黙り込む。十分にためらったあと、重く口を開いた。
 「・・・今から話すことを私が知っていることは、秘密にしてもらえますか?」
 「うん、約束するよ。」
 西武秩父は人の噂話に興味がない上に都心部を走らないので人格に癖のある連中との付き合いが少ないし、付き
合いのある八高や秩父鉄道もそういう人の悪い噂をする人ではないから、西武有楽町は警戒心を解いて話し始めた。
 「西武池袋と有楽町の仲が最近よくないんです。」
 「あー・・・。」
 それは流石の西武秩父も気付いていた。二人の間の微妙にぴりぴりとした空気は破局寸前のカップル特有のにおい
だ。けれどそれを西武有楽町にあからさまに伝えることは憚られて口をつぐむ。
 「それだけじゃありません・・・。」
 唇をぎゅっと噛み締めた西武有楽町に視線を配りつつ、西武秩父は平静を装ってスプーンを動かす。
 「・・・西武池袋も、有楽町も、他に恋人がいるんです。」
 ぶっ、と西武秩父は口に入れていたアイスを噴出した。チョコレート色の液体が床に飛び散り、慌ててティッシュで拭
いたが、心の動揺は鎮まらない。
 「え、ふっ、不倫!?しかもW不倫!?」
 「そうです。」
 西武有楽町はためらいなくいいきり、気のせいではないのだと西武秩父の目をまっすぐに見つめた。
 「私がいなくなったらあの二人は本当に他人になってしまいます。」
 アイスクリームを食べながら、西武有楽町はぽつりぽつりと話をする。西武秩父は焦らずその言葉に耳を傾けた。有
楽町と西武池袋は西武有楽町の目をまっすぐみなくなってから久しい、それは二人のやましさであり、やましさを隠そう
とする親心でもあった。
 「私はどうしたらいいですか。二人に仲良くして欲しいと思うのは子供の姿に甘えた傲慢ですか?それとも子心です
か?私はいつになっても大人の形になれないから大人の気持ちがわかりません!」
 西武有楽町の泣き声によく似た心の悲鳴を、四十路を越えた西武秩父はわかってあげられるつもりで、彼もまだ青
年の姿のままなのでわかってあげられない。一世紀の声を聞く先輩路線たちに比べたら、二人はまだまだ殻を被った
ひよっこと、殻から出てすらいない卵のようなものなのだ。その距離はどうあがいても縮まない。
 「西武有楽町は好きに振舞えばいいんじゃないかなぁ。それが一番だと思うよ?」
 西武秩父は模範的な回答をした。かといって、誰がそれ以外の回答を西武有楽町に与えられただろうか?
 「私は・・・」
 西武有楽町は、どうしていいのかわからなかった。二人が仲良くしていてくれたらいいけれど、だからといって無理に
関係を押しとどめて両親でいてほしいと思うほど西武有楽町は幼子ではない。二人の好きなように、無理のないような
形になってほしいというのも願いの一つに違いない。
 「私は、昔の二人に戻って欲しいです。でも、それが無理なことはわかっています。」
 西武秩父の気持ちも同じだった。
 「家族としてだけじゃない。二人の乗り入れがなければ私の価値は下がってしまう!そんな、計算も含んでそう願って
しまうんです。」
 西武有楽町の小さくて柔らかい手が縋るように西武秩父の腕を掴んだ。必死な涙顔に西武秩父もたじろぐ。
 「それは、私のわがままですか・・・?」


 その日、西武秩父は西武有楽町と一緒に3人が暮らす家に帰った。泣きつかれた西武有楽町を一人にさせるのは可
哀そうだったし、一度西武のほかの連中がいないところで西武池袋と話し合う必要がある。
 西武有楽町を風呂に入れて寝かしつけ、自分で買ってきたビールを飲みながら住人の帰りを待っていると、都合よく
西武池袋が先に帰ってきた。
 「どーも、お邪魔してるよ。」
 滅多にない来客に西武池袋は目を見開いたが、すぐにいつも通りに戻ってため息を一つもらしたあとコートをハンガ
ーにかけた。
 「先に言っておいてくれれば準備しておいたのに。」
 「別にいいよ、夕食も西武有楽町と一緒に食べてきたしね。」
 「ビールも、冷蔵庫にあるのを勝手に飲んでよかったのに。」
 「それはさすがにね。あ、お土産冷蔵庫に入れておいたよ。」
 そこには西武池袋がいつも飲む銘柄のビールが何本も追加されていて、西武池袋は苦笑した。
 「気が利くな。」
 「今日は西武池袋と飲もうとおもってね。」
 「・・・そうか。」
 西武池袋はビールを一本取り出し、タブをあけて一気にぐいっと飲んだ。
 「何をききたいんだ。」
 「そんなに警戒心丸出しにしないでよ。責める訳じゃないんだから。」
 「わざわざくるってことは、責めるつもりだろう。」
 西武秩父はあいまいに笑って自分のビールを飲み干した。
 「西武有楽町が悩んでいたよ。」
 「・・・・・・」
 「それだけ。」
 西武秩父はそれ以上口をきくと西武池袋を責めてしまうことが自分でわかっていたから、そこで話を終わらせるつもり
だった。
 「・・・ワインもあるんだが、飲まないか?」
 野菜室から取り出されたワインを、西武池袋は西武秩父の返答を聞かずにコルク抜きで栓を開け、食器棚から取り
出したワイングラスに注いだ。
 「ききたいことがあるなら今いっぺんに聞け。」
 「じゃあさ、一個だけいい?」
 「どーぞ。」
 「有楽町の浮気相手って誰だか知ってる?」
 西武秩父の知る限り、西武池袋はプライドが富士山より高い男だ。有楽町が浮気してそれを大人しく我慢できるなん
て、とてもとても信じられなかったのだ。有楽町が浮気している事実より、西武池袋が浮気している事実より、それが何
よりこの事態の異常さを伝えている気がした。
 「わかっているよ。」
「何もしないの?」
「私がとやかく口を出す相手ではない。・・・いや、むしろ出せない、か。」
 西武秩父はなんとなく察した。西武池袋が嫉妬して手を出したら後見人が出てきて報復しそうな路線など、過保護なメ
トロ以外に思い浮かばない。
 「有楽町は私に飽きたのだろう。もう長い付き合いになるし、お互い様だ。」
 「じゃあ、西武有楽町をどうすんの?二人の子供として育ててきたのに。」
 「西武の教育方針でな。あいつが口を挟んできたことなどない。」
 西武秩父は西武池袋ほど会長を崇拝しているわけではない。それは西武有楽町も同じで、大好きな西武池袋が崇拝
しているから会長を崇拝しているのだ。
「・・・別れたら、今の恋人と一緒に暮らすのか?」
 「まさか。あれと一緒に住むことなどできるものか。」
 吐き捨てるような言い方に、西武秩父は西武池袋の浮気相手にも察しが付いた。いつも西武池袋のそばにかげをち
らつかせる、いつまでも縁の切れない男。
 「西武有楽町は大人にならない。あの子が日々成長し、この数十年でずいぶん変わったことはわかってる。でも、私
たちは普通の夫婦のように、子供が成人したら別れよう、といった救いがない。」
 西武池袋の中で有楽町との関係は終わっている。今はもう、昔の恋を、西武秩父もよく知るあの頃が宝物ではないの
だろう。
 「結婚して幸せだった。だけど、今は結婚したことを後悔するときもある。」
 大人になった西武秩父には西武池袋の気持ちも想像することができた。けれど、西武有楽町の気持ちはもっとわか
った。だから、猛どうしようもなくなってしまって、深くため息をついた。


















(2011.2.26)