過去の拍手文です。
下に行くほど新しく、日付は拍手お礼から下ろしたときです。
(2011.1.23)
※秩父鉄道が西武線と直通運転を開始したのは、西武池袋のことが好きだから、という前提でお読みください。
秩父鉄道は西武池袋のことが好きだ。
そのことに東上が真っ先に気付いたのは偶然でなく当然であった。東上が追い求める視線の先には、いつもいけす
かない金髪頭がいた。
「・・・趣味が悪い。」
遠目から二人を見る東上がぽつりともらした言葉を、越生は聞かないふりをした。
越生は賢く、賢しい。だから東上は越生に甘えてしまうし、越生に同居人以上の理解を求める。
東上からみても西武池袋は綺麗な顔をしている。東上や秩父は言わずもながだが、有楽町や武蔵野よりも際立って整
った顔をしている。池袋周辺でいえば、副都心や丸の内、西武池袋と並ぶと性格の是非云々は別として、男女を問わ
ず通行人の目を引いていた。
東上の目には秩父以外はいらない。だから、その三人がどんなに綺麗でも構わないのだが、秩父が意外と面食いだ
ったことがショックだった。
「東上、もう帰ろうぜ。腹減った。」
つなぎの裾をひく越生の顔を、東上はまじまじとみた。成長できたら綺麗な顔になるだろう。そう、期待を持たせる顔
立ちだ。親代わりとして自慢の子だ。だけど。
(俺の顔も綺麗ならよかったのに。)
少しだけねたましくなった。いとしい子供をみてそう思う自分を消したくて、東上は軽く頭を振った。
気に入らない、すべてが気に入らないと東上は親指の爪を噛む。東上にそんな癖はないのだが、あまりにイライラす
るので試しにしてみたのだ。けれど、爪が削れるほどの力は怖くてこめられなかった。あまりに小心者な自分にまた嫌
気がさす。
「・・・東上。なんだ?」
顔を見つめられていることに気付いた西武池袋が振り向いたときに、細い髪の毛がさらさらとゆれた。絹糸が崩れる
ようにゆれる様は、ブリーチを繰り返している痛みを見せず綺麗なものだった。余計腹が立って、東上は西武池袋の髪
を掴んでひっぱった。さわり心地もさらさらとしていた。
「っ!離せばか者!」
ちょうどそのとき、向こうから秩父鉄道が来るのが見えた。秩父の目はもう西武池袋を捉えているだろう。髪を掴んで
いる自分にも気付いてくれているかもしれないと東上は思う。
覚えていてもらいたい、秩父の目に残りたいと、その瞬間東上はそんなことだけ考えて、掴んだ手を引いた。
「!」
西武池袋は当然東上のほうへと傾く。傾いた西武池袋の髪を掴んだまま、東上はキスした。
ほんの一瞬のことだった。舌を入れようだなんて思わなかったし、そもそも嫌いな男にキスするだけでも気持ちいいこ
とではない。
「・・・なっ、貴様っ!!」
怒りに頬を上気させた西武池袋は勢いよく東上を突き飛ばして走り去る。勢いでしりもちをついた東上はその場に座
り込んで秩父を探した。
秩父はもう見えなかった。もしかしたらよく似た人を見間違えただけかもしれない。そうであって欲しいとも思った。や
って後悔したから。
(驚いた西武池袋の顔、綺麗だったなぁ。)
大嫌いな東上ですら綺麗だと惚れ惚れする顔に、秩父がほれるのも仕方なのないことかと思える。けれど、やはり東
上は西武池袋のことが大嫌いなのだ。どんなに顔が綺麗だとしても。
「・・・なんか、損した。」
コンクリートの床は冷たい。手のひらからコンクリートに熱を奪われるように、この恋心がなくなってしまえばいいと東
上は願ったのだけれど、やっぱりそんなことはおきなかった。
(2011.6.27)
天体観測(あの名曲を東池で妄想しました)
昭和×年11月吉日
「寒いときは星が綺麗に見えるよね。」
池袋の駅舎で急須から2つの湯飲みに緑茶をついでいた武蔵野がなんてなくいった一言が、誘い出すきっかけの糸口
になった。
「俺はよくわかんねぇけど。」
東上はつとめて興味なさそうに言う。冬の方が空がきれい、なんて知っている。知識としても体験としても、ありふれた
話だ。
「今日は晴れてるから夜も晴れるかな。一緒に見に行こうよ。」
誘い出す手間もなく武蔵野の方から誘ってきて東上の心臓は人知れず飛び上がったが、他愛ない言い方に性的なニ
ュアンスは一切感じられず馬鹿馬鹿しい期待を捨てた。
「付き合ってもいいぞ。」
ぱぁっと喜色が武蔵野の顔に広がって、それを見るだけでも東上は幸せな気持ちになった。
「今晩12時にここで待ち合わせね。」
そのとき武蔵野はなんのためらいもなく小指を差し出した。
はやる気持ちとあせる欲望を押さえ込みながら持ち合わせている理性を総動員して指切りをした。触れた小指からとろ
けてしまって、武蔵野に絡み付く奇妙な液体になってしまうのではないかと思った。現実にはそんなことなかったけれ
ど。
東上と一才しか変わらないのに、武蔵野は幼児のような振る舞いを時々みせた。
その仕草を、心から大切にしていた。
平成22年11月某日
東上は冬の星空を見上げている。
もしかしたら、去年か一昨年か道を別った翌年か翌々年か、武蔵野もここにきたかもしれない。同じように星を見上げ
ていたかもしれない。けれどそんなのは甘ったるい感傷に過ぎず、東上の妄想に浮かぶ武蔵野は彼が作り出した全く
別物の紛い物なのだ。
(お前はこないだろうけど。)
かじかむ指先をこすりあわせて息をふきかけて暖を取りながら東上は頭上を見上げる。頭上には晴れ渡った濃紺の夜
空が果てしなく広がっているけれど、あの日のようにたくさんの星は見えない。ネオンの光と高層ビルにさえぎられて星
なんて見えない。隣に武蔵野鉄道もいない。それでも東上は毎年、あの日星をみた踏み切りで夜空を眺めている。
あの年と同じ、午前二時に。