借金だらけの武蔵野鉄道のところに借金取りがやってきました。
 「武蔵野さん。お金を返してもらえんかね?ほら、そのレールをはがせば鉄くずとして売れるだろう?」
 武蔵野鉄道は困りました。レールを売れば一瞬お金が入りますが、もう走れないからです。でも、既に返済期限を過
ぎているため強気に断ることは出来ません。
 「他のものではいけませんか?」
 「ならば目を貰おうか。薄茶色のきれいな目ん玉だ。」
 武蔵野鉄道は喜んで目を差し出しました。両目が見えなくなったって、運転手さえいれば電車は走っていけるからで
す。
 「じゃあ、両目をもらっていくな。」
 目はもう開かなくなってしまいましたが、武蔵野は閉じた目でも笑っていました。

 ある日、二人目の借金取りがやってきました。
 「返済が滞っていて、これ以上待てないんですよ。車体を売ったらどうです?」
 武蔵野は困りました。レールを売れば一瞬お金が入りますが、もう走れないからです。でも、既に返済期限を過ぎて
いるため強気に断ることは出来ません。
 「なら耳を頂きましょう。遠くの音まで拾う耳なら買い取ります。」
 武蔵野鉄道は喜んで耳を差し出しました。耳が聞こえなくたって、車掌がいれば緊急警報だって聞き取れるからで
す。
 「では、目をもらっていきます。」
 耳はもう何も聞こえなくなってしまいましたが、武蔵野鉄道はなくなった耳で車輪の音の空耳を聞いて笑っていました。

 ある日、三人目の借金取りがやってきました。
 「返済が滞ってるんでねぇ。土地を売ったらどうだい。」
 武蔵野は困りました。土地を売ったらもう自分達はここにいられないからです。
 「なら、体を売ったらどうだ。あんたの体なら好事家に高く売れるだろうよ。」
 武蔵野は喜んで体を差し出しました。彼の本体である車両とレールと駅があれば、肉体と意思を失ったところで『武蔵
野鉄道』は動けるからです。
 「じゃあ、体を貰っていくな。」
 武蔵野鉄道は微笑みました。でも、もう誰もそれがわかりませんでした。

 ある日、電力会社の人がやってきました。
 「この通り電気料金を遅延されています。早急にお支払い下さい。」
 『・・・・・・』
 武蔵野鉄道はもう自分の声で答えることが出来ませんでした。漫然とした答えはあるのに、ひとがたを失った彼は思
いを文章にすることも形にすることももうできません。

 武蔵野鉄道はついに走れなくなってしまいました。
 眠っているのか起きているのか自分でもわからない、走れない武蔵野鉄道がふわふわと会社と社員に身を任せて漂
っていたところを助けてくれたのが会長でした。
 「この体で生きるといい。」
 会長が下さったひとがたで、武蔵野鉄道はまた心を持って走り出せました。
 そして、ずっと走っていくのです。

















 「・・・おしまい。」
 「すっ・・・すごいです!会長も西武池袋もすごいです!」
 西武新宿が西武有楽町に寝る前のお話を聞かせていたが、西武有楽町はかえってテンションがあがってしまった。
 「西武有楽町も会長と西武池袋のように立派な男になるんだぞ。」
 「はい!がんばります!」
 西武有楽町の部屋の電気を消して西武新宿が居間に戻ると、不愉快そうな顔をした西武池袋が一人でコーヒーを飲
んでいた。
 「こんな時間にそんなもん飲んでいいの?眠れなくなってもしれないよ?」
 「このあとまだ仕事だ。」
 「大変だねぇ〜。」
 西武新宿の話し方に嫌味のとげはない。
 「・・・おまえ、西武有楽町に嘘を教えるな。」
 「それって、今日話したこと?」
 「そうだ。」
 「いーじゃない、あくまで物語なんだから。西武有楽町だってそれくらいの分別はあるよ。」
 「しかし、」
 「似たようなもんだっただろう?あの頃のお前はまともに喋れないくらい体も心もぶっ壊れちゃってさ。あれはあれで色
っぽかったけど。」
 西武新宿の手が西武池袋の首筋に伸びる。普段はコートに隠されている白い首筋は室内灯にさらされてむだに青白
く華奢に見えた。
 手をそのままするりと肩に落とし、体を自然に近づけて西武池袋の頬に軽くキスを落とす。家族の愛情とも、秘密の
恋人との愛情とも取れる軽さで。
 「どん底を会長に救われたんだろう?このままじゃ死ぬ、ってわかってるときに助けてもらったんだろう?なら誇りに思
えよ。ぶっこわれちまったガラスのハートだって、運命の人に拾って貰えたらお姫様のガラスの靴だ。」
 肩に触れたままの手がパジャマの中にまで入ってくることを西武池袋は期待したが、西武新宿はそんなわかりきった
ことを他の連中の目に付く居間でするはずがない。

 「それだけのことだろう?」

 西武新宿が武蔵野鉄道の過去を御伽噺のような語り口で西武有楽町に話すのも、西武新宿が西武池袋にキスした
ことも、西武新宿が西武池袋を本気で口説かないし手を出さないことも、西武池袋から西武新宿に縋ることがないこと
も。
 それだけのこと。
























(2011.6.12)道 満 清 明 先生の人魚のお話が大好きで、パロってみました!