(2011.3.6) 有楽町*西武池袋
        りんかい*埼京+京浜東北
(2012.1.22) 有楽町、東上*西武池袋
(2013.3.29)銀座→西武池袋
(2013.6.10)副都心*西武池袋




































































(有楽町×西武池袋)
 自分をうまく騙したいと心から祈っている。けれど、嘘が苦手な私はうまく騙されてくれない。過剰な自意識を、いかに
うまくだまくらかすか、私はそれを至上の命題としている。虚勢と虚栄で飾られた私が妄想する私は、それは素晴らしい
人物であるものだから、自分のほどを自覚している私はその差異に怯えてほくそ笑む。さぁ、いま私を見ている私はど
ちらなのでしょう?なんてね。なんて下らない、決まりきったばかな話。
 とってもどうってことのないつまんないことが毎日毎日だれにでも降ってくる現代に平等なんてありっこないに、立派な
フェイクファーで飾り立てられた私の方はその気になっちゃって、ずっと年の離れた若い男の子のいうことなんてまぁ信
じちゃったりして。有楽町はいまも二人の私を安心させるようなことばかりいって幸せでいさせているけれど、私はいつ
も叫んでいる。「いずれ捨てられる!」「私みたいに満たされた人はいやしない!」脳内勢力図は毎日更新されていく。
脳の一部それぞれがどちらかと友好的やら敵対的やら従属的やら反抗的やらいろんな態度をとるもんだから昨日の
私は今日のあなた、まるであべこべ世界はぐちゃぐちゃ。
 私は不安の虫を飼っている。丸く肥大した虫は、しかしサナギになるそぶりを見せない。虫がケースを這い出るほど
大きくなるも遠くはないだろう。明日から目を背け、私は今日も自分とそっくりな顔をした不安の虫に餌をやる。






























































(りんかい×埼京+京浜東北)
 それは少女であるよりも少年であったほうがいい。
 「恋人の顔や声や爪の形から口調まで全て忘れてしまう人」なんてロマンチックな設定は男であったほうがいいのだ。
 その、「ストレスフルな社会に生きるからといって痩せているわけではない」かわいらしい埼京の、一人きりの恋人をり
んかいといった。何を考えているかわからない黒尽くめの男で、一度見たら忘れられないほど美しい顔をしていた。埼
京はその顔が大好きでみつめていてもずっと飽きないほどなのだ。
 彼はりんかいのアドレスを自分の携帯電話のメモリーの海から正確に見つけることが出来た。「恋人の顔や声や爪の
形から口調まで全て忘れてしまう人」であるからといって恋人の名前を忘れてしまうわけではないのだ。
 彼は恋人に対し貞淑であり従順であった。可愛らしいわがままや行動は恋人の愛する範囲を超えなかった。それは、
少女の取る計算上のものではなく、たまたま彼のわがままと恋人の許容範囲が合致していただけのことである。
  

 埼京は大崎駅でりんかいと待ち合わせをしていた。
 すっかりりんかいを忘れてしまった埼京は、京浜東北のことを恋人と思い込み、以前りんかいにしていたようにまとわ
りつき、可愛らしい声を出して媚びた。彼の持つ天性の魅力を余すことなく出し切る仕草に、京浜東北は満足して笑っ
た。
 「僕といると楽しい?」
 普通の女に聞かれたら気分を害する京浜東北だが、埼京に対しては別だった。彼は何も裏を持たず、ただ気になっ
たから質問したのだ。一時間後には思い出せないだろう。彼は何もかも忘れてしまうから、裏表も悪意も何もなく生きて
いる。それは、ともすれば過去を振り返り疎む京浜東北から見れば憎らしくもあった。
 「楽しいよ。」
 京浜東北はメガネの奥の目を、まるでいい人であるかのように細めて埼京に微笑み返した。
 「嬉しい!」
 さらにぎゅっとまとわりつく埼京を京浜東北は優しく抱きしめた。りんかいはこのことを何にも知らない。埼京は、明日
はりんかいのことを恋人だといって抱きつくのかもしれないし、明日も京浜東北のことを恋人だと思って抱きつくのかも
しれない。
 「ねぇ、埼京。君は本当になんでも忘れちゃうんだね。」
 今抱きついている相手は君の恋人ではなく同僚の男なんだよ、と京浜東北は教えてやらない。まるで砂糖をたっぷり
入れたホイップクリームのような甘い時間に水を差す愚か者ではない京浜東北は埼京の柔らかくかつウェーブのかか
った髪を優しくなでる。
 「君が僕を覚えていられるようになったら、一緒に暮らそうか。」
 今、埼京と京浜東北は同じ宿舎に住んでいる、なのにまるでりんかいのような振りをして話すとき京浜東北は胸がど
きどきと高鳴って未知の経験をしている気持ちになった。もうずいぶん長いこと生きて大概のことは経験したつもりだっ
たけれど、埼京はいつも京浜東北に新しいことを運んでくる。
 「そうだね、そうしようね!」
 侮辱されたことにも気付かず屈託なく笑う埼京の横っ面をはたきたくなって、京浜東北はぎゅっと手を握り締めた。
 「大好きだよ。」
 「僕もだよ。」
 明日にはこの会話も忘れてしまう愛おしい同僚の頭がいっそ本当に狂ってしまえば良いと京浜東北は思い、そしてり
んかいもどこかへいってしまって埼京を閉じ込めておければいいと思った。


















































































(有楽町、東上×西武池袋)
人身事故、急病人看護、混雑、遅延遅延遅延。
遅延尽くしの最悪な一日といったって、月に1度はあることだ。
体が芯までだるく、指先の感覚がなくなるほどの疲労につつまれて、コートが雨に濡れてぐっしょりしているかのごとく重
く感じられた。実際のところ、今日は晴れ渡っていい天気であったにも関わらず。
もうしばらくすれば出発する小手指行きの終電にのって所沢に帰りたいと思うのだけれど、それすらも億劫で西武池袋
はホームのベンチからなかなか立ち上がれない。再開を諦めた特急ホームに乗客はおらず、携帯を握り締めた西武
池袋はぼんやりと線路を眺めていた。10分だった気もするし、一時間だった気もするが、腕時計を確認してみれば5分
もたっていなかった。いくら百年近く働いていたって泣きたくなるほど、かといって泣く力すらないほど疲れる日もある。

迷いようのない池袋駅の中で、西武池袋はわざと道を間違えて目的地へと遠回りしていった。ためらいが彼の足を惑
わし、まっすぐ行くべき道で左に曲がらせたりする。ぐるぐると構内を回りながら少しずつ近づいてくるのは東上の改札
に違いない。
「東上は?」
改札にいる駅員にきけば、慌てて事務所にいた東上を引っ張り出してきた。
「あー、何の用だよ、テメエ。」
泣き出す直前の顔をした西武池袋の手を東上が引くのに時間はかからなかった。

ジャージを渡すと西武池袋は緩慢な動きで着替えをした。無言のまま布団にもぐりこんだ西武池袋にしばらくついてい
た東上は、静かに寝息を立て始めたのを確認してから少し席を外した。大切なコートが皺にならないようにハンガーに
かけるためだ。その際、ポケットに携帯電話が入っていたので取り出してテーブルにおいておいた。


これ、チェックして下さい。と副都心から渡された報告書に重要な抜けを見つけた有楽町は本当に頭を抱えた。
「お前さぁ・・・わかってんの?今日西武池袋は俺らのせいで遅れたあげくに人身事故で遅延してんだよ。こんな大事な
こと聞き忘れてるってどういうことだよ・・・」
「えー、だって西武池袋さん、今日はツッコミが甘かったんですもんー。」
「そりゃ、疲れてたからだよ!」
「でも、指摘しないほうが悪いでしょ。」
後輩の悪びれない態度にイライラしながら赤ペンでチェックをしながら、「あ、西武池袋に連絡しておかないと!終電で
所沢に帰っちゃったかもしれない!」と叫んだ。
「事務所いってみて、いなかったら明日の朝渡せばいいじゃないですか。」
「電話で確認してから事務所行けって。それに、もし帰っちゃってたら無駄足だし、明日になるって一言伝えておかない
と。」
携帯電話を取り出した有楽町は、なれた手つきで西武池袋の番号をアドレス帳から取り出して発信した。

テーブルのうえにおかれたた西武池袋の携帯電話が振動しているので、東上は発信元の名前をちらりと確認した。
【営団 有楽町】
ふうん、と東上はそれを見逃そうとした。しかし、いつまでも振動を続ける電話に嫉妬にも似た奇妙な関心がわいて通
話ボタンを押した。
「はい。」
最初から西武池袋のふりをするつもりであったわけではない。
『あ、西武池袋?有楽町だけど』
東上は口元が緩むのを止められなかった。有楽町は第一声で西武池袋ではないと気付かず話をしようとしている。真
面目な有楽町がこんな時間に西武池袋に電話をかけてくる理由は本日の事故の関係だと察しがついたが、少しのい
たずら心がおきた。
「お姫様は泣き疲れて寝てるよ。」
少し声色をかえて東上がいう。電話のフィルターをかけると声が少し変わるが、有楽町が気付くかどうかは賭けだった。
長いためのあと、息を吸う音が電話越しに聞こえた。
『・・・東上?』
東上はすぐに終話ボタンを押して通話を切った。有楽町に知られたことを恐れたのではなく、有楽町をもんもんとさせる
ために切ったのだ。すぐにマナーモードにしておいたところ、その後際限なく西武池袋の携帯電話は光って着信を知ら
せていた。
西武池袋はずっと眠っていて一連の会話を何も知らない。ぐっすりと眠る西武池袋の顔にかかった髪をはらってやり、
肩までふとんをしっかりかけてやった。
東上は西武池袋と有楽町の関係を想像したが、嫉妬にかられてしまうのでできるだけ頭から離すようにした。西武池袋
と同じ部屋の床にふとんをしいて横になった。西武池袋の携帯の着信がずっと光って目障りだったが、ふとんを頭まで
被って見えないようにした。






























(銀座→西武池袋)
雨の降る夜

 日の長くなってきた3月、まだ暗くなるには早い時間だが、会社の窓の外はねずみ色だった。窓には少し水滴が見ら
れる。本降りではないが、空気全体を湿らせるような、細かい雨が降っていた。
 「ニュースじゃ今日明日が見頃と言っていたけれど、この雨じゃあ早めに散っちゃうかもね。」
 「みんなで上野公園でお花見したかったけど、今日は無理そうだね。残念だなぁ。」
 「お花見?初耳だけど。」
 「今思いついたんだもの。雨が降ってるさなかに行くのも風流ってものだけどね。」
 銀座は椅子から立ち上がり、部屋の隅の傘立てからラインカラーの傘をとった。
 「じゃあ行こうか。」
 「え?今から?僕が?」
 「そうだよ、お散歩がてらいこうよ。」
 「今決済もらった書類を回しちゃいたいんだよ。丸ノ内を誘えばいいじゃないか。」
 「たまには日比谷と二人というのもいいかと思ってね。小さい頃はよく一緒にお散歩に行ったのに・・・・・・。」
 「何十年前の話だよ・・・・・・。わかった、これを机に置いて傘もってくるから、玄関で待ってて。」
 「あいがとう、日比谷。」
 「コーヒー買ってよ。」
 銀座の部屋を出て自分の机のあるフロアへ向かう日比谷とは別方向へ銀座は向かった。まずは自販機でホットコー
ヒーを買い、人のいないエレベーターに乗る。エントランスを通り自動ドアを過ぎて、屋根のあるところでぼんやりと日比
谷を待った。
 「お待たせ。」
 日比谷はすぐに降りてきた。書類を処理してきても良かったのに、上司のわがままには献身的に付き合う立派なサラ
リーマン魂に感心した。
 「はい、約束のコーヒー。」
 ホットコーヒーの缶を差し出すと、日比谷は顔をしかめた。
 「公園ついてから買ってよ。風情がないなぁ。」
 「お花見は会社を出たときから始まってるんだよ。第一、寒いじゃない。」
 互いのラインカラーの傘を並べて歩き出した。日比谷は相手の速度に合わせて歩調を変える、散歩の同行者に最適
な男だった。
 「ちょっと早い?って木もするけど、満開直前のちょうどいい咲き具合だね。」
 若干固いつぼみに雨粒が重たげに乗って花弁を押し広げている。もしくは、雨粒の中につぼみが入っていたり、花び
らにバランスよく乗っていたり、いずれにせよビーズをまとったようにきらきらしていた。
 「明日は地面がぬれちゃってるから快適なお花見は出来ないね。来年はみんなでこようか。」
 思いつきで口にした花見の話を覚えているところが日比谷らしくて、銀座は苦笑いした。
 「お花見したいけど、この時期は皆毎年忙しいもの。5月になって落ち着いたら慰労もかねて一一席設けようか。」
 「わかった、調整しておくよ。」
 「雨の中でも結構人がいるねぇ。みんながんばるなぁ。」
 「ほどほどにしてくれないと、また僕らの仕事が増えるんだけどね。」
 「本当だね。」
 「東西とか副都心とか、毎年本当大変だよ。」
 「ああ、学生さんは無茶するものね。」
 僕のところもやられるんだよ、と銀座が続けようとしたとき。
 「それもあるけど、ほら、あの西武だっけ?今の時期はとんでもないことになってるらしいじゃん。有楽町もだいぶまい
ってたよ。『5月になるまでずっとこんな感じだよ・・・・・・』って疲れ果ててた。」
 「ああ、西武さんのことね。」
 銀座は西武といえば西武池袋線のことを思い浮かべる。桜の咲く頃になるとグループ路線を引き連れて憂鬱に溺れ
る可愛そうな人だが、楽しそうだとうらやましくもなる。
 「僕は何回かちらっとみたことがあるだけなんだけどね。発言内容聞いてないから、単純に綺麗な人だと思ったよ。」
 「・・・・・・あの子は今頃、この桜のように泣いてるんだよ。」
 いっそ大嵐が来て花びらを全て奪い去ってしまえばいさぎよかろうに、息苦しくなりそうな湿気と、終りの見えない雨降
り具合。
 「綺麗だよね。」
 来年も再来年も、花は同じように咲くだろう。彼も同じように泣くだろう。いずれも風物詩の定型的な美しさだ。だが、
銀座が西武池袋の泣くところをまじまじと見たことは、あの人が死んだ年の一度しかない。
 「花見は感傷的になるね。」
 「僕は特に桜に思い入れはないんだけど、銀座が西武池袋さんの泣き顔思い出すくらいには感傷的になるものなん
だね。」
 日比谷はとうにからになった缶をゴミ箱に捨て、銀座もそれに習った。ゴミ箱には花見客の捨てていったごみが山と
積まれ溢れている。銀座が捨てた缶もゴミ箱に入れず、横に落ちて塊の一部となった。そんなゴミ箱を改めてみる程度
には感傷的になったのだった。
 ずっと春ならいいと銀座は思った。胸をしめつけられるこの気持ちが感傷ならば、ずっとずっと味わっていたかった。













































(副都心*西武池袋)
たましい

 今、副都心はお風呂を洗っている。風呂トイレ別で、割合広いお風呂は副都心のお気に入りの場所だ。浴槽を洗い、
床を洗い、鏡まできっちり洗ってからお湯をためはじめた。ボボボとお湯が出はじめて、蒸気が浴室中を回っていく。足
と手を簡単に拭いて、リビングに戻ると西武池袋が食器を洗っていた。
 「お水につけておいてくだされば、洗いましたのに。」
 マグカップをゆすぎながら、ふりむきもせずに行けは返事をする。
 「マグカップだけなのだから、貴様が風呂を洗っている間にちゃちゃっとやっとけばいいだろう。」
 外で食事をし軽く飲んで、家乙いてからコーヒーを一杯飲んだ。西武池袋と副都心の、もはや落ち着いてきた関係の
よくある一幕だ。
 「西武池袋さん、お湯がたまったらお先にどうぞ。」
 「うむ。入浴剤は何がいい?」
 「バラにしましょうか。この前買ってきた花びら入りの入浴剤があるんですよ。」
 「少女趣味だな。」
 西武池袋は少しお酒が入っていることもあって、くすくすと上機嫌に笑っている。
 「あなたが喜ぶかもと思って買ってきたんですよ?」
 「わかってるよ、ありがとう、副都心。」
 飲んだ西武池袋はいつもよりちょっと優しくて、いつもなら言わない感謝の言葉をかけてくれる。副都心にはそれがと
ても嬉しい。
 ピピピ、とお湯がたまった音が鳴った。
 「あ、たまりましたね。」
 「それじゃあ、お先に。」
 「どうぞー。」
 西武池袋がお風呂に入っている間に、副都心は部屋の片付けを簡単にして、後はテレビを見ながらのんびりと待つ。


 「あがったぞ。あの入浴剤いい香りだったよ。」
 「それはよかったです。それじゃあ、僕お風呂入ってきちゃいます。ビール、冷凍庫に入ってますよ。」
 「悪いな。」
 西武池袋はお風呂上りにきんきんに冷えたビールを好む。副都心はお相伴には預からず、すぐにお風呂場に向かっ
た。
 西武池袋が入った後の風呂場の空気はまだ暖かくて、湿気がみちみちに漂っている。
 副都心はいつも通り髪を洗ってから体を洗い、それから湯船につかった。お湯からはバラのいい香りが漂っている。
肩までしっかりとお湯に浸かり、ゆったりしてから、副都心はじゃぼんとお湯にもぐった。お湯の中で口を開けば、バラ
の香りのお湯が副都心の口内に勢いよく入り込んでくる。それを、副都心はそのまま飲み込んだ。
 副都心は西武池袋が好きだ。好きで、好きで、たまらない。食べてしまいたいと冗談でなく思えるほどに、副都心は西
武池袋を求めてやまないのだ。
 あるとき、西武池袋の入った後のお風呂のお湯を冗談半分で口に含んでみて、言葉に出来ぬ興奮に包まれた。残り
湯はけしてきれいなものではない。しかし、きれいでなくしているものは、西武池袋の汚れであったり、体から出ているも
のなのだ。口の中を西武池袋の何かが入り混じったお湯で満たし、ごくりと飲み込んだ。咽喉から食堂を通り、西武池
袋の一部は副都心の体内に溶け込んでゆく。今飲み込んだものの中には、汚れだけではなく、美しい表現でいえば
「魂」の一部というべきものが溶け込んでいる気がした。
 だから、副都心はいつも西武池袋のあとに入浴する。
 西武池袋はもちろんそんなことは知らない。いつも先に入って悪いな、なんて思っている。
 十分に西武池袋のエキスを堪能した副都心はお風呂を出て、西武池袋そのものとベッドに入る。年寄の西武池袋は
泊まりに来たからといって、必ず体を求めるわけではない。副都心は当初物足りなかったが、お湯を飲む興奮を覚えて
からは気にならなくなった。魂の一部を飲み込んだ副都心は、既に西武池袋の一部でもあるのだ。そう思えれば、己の
手だって西武池袋の手だと思える。
 そうなってから、二人の関係は以前にも増して良好になった。西武池袋は西武池袋で、副都心は西武池袋なのだ。
 「髪を乾かさなかったのか?風邪を引くぞ。」
 「西武池袋さん、乾かしてくれません?」
 「子供のようだな。」
 機嫌のよい西武池袋は副都心の髪にドライヤーの風をあてる。洗面台の鏡には、もちろん西武池袋と副都心が映っ
ているのだが、副都心は西武池袋が西武池袋の髪を乾かしている光景を妄想した。二人の西武池袋が戯れる様子
は、自分なんていなくてもいいと思えるほど、心地よい光景だった。